〈ライフスタイル〉 共働きも専業主婦も働き過ぎ⁉――「お金で測れない労働」と「女性の選択」2024年6月18日

  • 【Colorful】インタビュー

埼玉大学教授 金井郁さん

 新卒で入社した会社に定年まで勤めるのが当たり前だった時代から、転職や起業、フリーランス、副業など、働き方は多様化しています。にもかかわらず、女性には妊娠や出産、子育て、夫の転勤など、環境の変化に受動的にならざるを得ない現実がいまだ多くあります。そうした状況を「自ら選択しているようで、実は選択させられている」と指摘するのは、埼玉大学教授の金井郁さんです。詳しく聞きました。

■誰がどこで行ったか

 ――女性は男性に比べて、結婚や出産、仕事など、何を選択するか(もしくはせざるを得ないか)で、生き方が大きく変わると思います。それが時に女性間の対立を生む火種になることもあります。SNS上でたびたび巻き起こるのが、「共働き家庭」と「専業主婦家庭」のどちらが大変かという論争です。
 
 共働き家庭であれ専業主婦家庭であれ、共通しているのは、多くの女性が長時間労働を強いられるという点です。
 
 労働と聞くと、ペイドワーク(賃金を得られる仕事)を考えがちです。しかし、人間が生きていくには、アンペイドワーク(育児や介護、家事などの仕事)も必要です。
 例えば、食事。家庭でご飯を食べるには、働いてお金を得て、初めて食材を購入できます。次に、食材を食べられるようにするには、調理という労働を行わなければいけません。ペイドワークとアンペイドワークの両方があってこそ、生活は成り立ちます。

 また、料理や掃除、洗濯といった労働は、家事代行として依頼者の家で行えば、賃金が発生します。賃金が得られるかどうかは、労働の“内容”ではなく、“誰がどこで行ったか”によるのです。「お金を稼いでいる方が偉い」という意見がありますが、賃金という“ものさし”だけで、労働の価値を測ることはできません。
 
 ペイドワークとアンペイドワークを合計した総労働時間は、男性より女性の方が長いことも国際的な調査で分かっています。それぞれの時間配分は人によって違うでしょう。しかし、共働きであれ専業主婦であれ、長時間働いているという点は同じなのです。
 
 これまで、育児や介護などのケアは家族の義務として、多くの場合、女性が引き受けることが当然視されてきました。これがジェンダー規範として、個人の選択にも依然として強く影響していると思います。

■当たり前を問い直す

 ――ジェンダー規範とは、性別に基づいて社会的・文化的につくられた、あるべき姿や行動、考え、期待のことですね。

 家事や育児、介護を行うのは、女性の方が向いていると思われがちです。それをあるべき姿として内面化している女性は少なくありません。「仕事を続けると決めたのは自分だから、家事も育児もちゃんとしなければ」と感じたり、できないと罪悪感を抱いたり……。
 
 同じことは、男性にも言えます。総務省によると30代の夫婦では、夫の年収が高いほど妻は仕事を離れています。反対に、妻の年収が50万円未満であろうと、1500万円以上であろうと、ほぼ100%の男性が就業しています。妻に1500万円以上の年収があれば、夫は働かないという選択もできるはずです。ところが、男性は妻の年収と関係なく働いている。これは、男性は稼がなければいけないというジェンダー規範を、男性自身が内面化していると言えます。
 
 ジェンダー規範は、社会や文化によって異なります。生命保険の営業職と聞くと、日本では女性を思い浮かべがちだと思います。しかし、アメリカでは、男性の仕事と位置づけられています。個人の家に女性が1人で行くなんて危険すぎるという考えからです。
 
 何をもって女性(もしくは男性)に向いているのか。その基準は、あいまいでなおかつ、可変的です。家庭や職場で当たり前に男女で分担されているものを問い直す必要があります。
 
 同時に、女性に偏りがちなアンペイドワークを夫婦で分担し、女性の総労働時間を短縮するには、社会全体でペイドワークの時間を減らしていくことが重要です。

■職場内での「男女平等」

 ――職場で言えば、業務内容や職務が同じだったとしても、男性との体力の差や、生理による体調不良、妊娠・出産に伴う休職など、女性が“引け目”を感じることは少なくないと思います。
 
 体調不良や病気、けがで休むことは誰にでも起こり得ることです。だからこそ、誰かが休むことを前提とした人員確保と、仕事の棚卸しをした上での適正配置が必要です。
 
 これまで多くの企業は、終身雇用や年功賃金を保証する分、転勤や残業をいとわない働き方を社員に求めてきました。誰かのケア役割を求められない男性だけが働き続けられる環境だったと言えます。それによって、社員の「能力」を測る時、長時間働ける、土日も対応できるなど会社の言う通りに動けることが、評価する側の基準に無意識に入っていたと思います。
 
 また、職場内での「男女平等」を言う時、女性も男性と同じように長時間働き、転勤などを繰り返すことだという考えは今もって強くあるでしょう。その結果、ケア役割を担ったり、担うことが想定されたりする女性は、総合職ではなく、企業による拘束や処遇が低い一般職や短時間勤務、非正規雇用を選択することになります。それは、「自ら選択している」ようで、すでにその選択肢しか残されていない、つまり「選択させられている」と言えます。

■ケアと仕事の両立を「標準」に

 ――金井さんはこうした状況を「制度化された男女差別」と指摘しています。どうすれば改善できるのでしょうか。
 
 企業はもちろん社会全体で、これまで「標準」とされてきた働き方を見直していくことです。そして、全ての人にケアの時間を保障していってもらいたい。そのためにはペイドワークの労働時間の見直しが先決です。全員が週30時間労働になれば、子どものお迎えで早く退社する人への不満も出ないでしょう。
 
 私たちの社会は「自立した人間」だけで構成されていません。人間は生まれてから死ぬまでの間に、他者からケアを受けなければ生きていけない期間があります。乳児期だけでなく、高齢期には生活に介助が必要な場合も出てきます。障がいがある人もいます。どんな人でも一生のうちに障がいを抱える可能性もあります。ケアが必要な人と、ケアを提供する人を支えていくことは、人間と社会の幸福と発展に不可欠です。
 
 ケアと仕事の両立を「標準」にしていく。それがジェンダー平等と持続可能な社会の実現につながります。

【プロフィル】
 かない・かおる 1977年生まれ。埼玉大学経済学部教授。東京女子大学卒業後、民間企業勤務を経て、お茶の水女子大学大学院で博士前期課程修了、東京大学大学院で博士号取得。2020年より現職。専門は労働経済論、ジェンダー論。共編著に『フェミニスト経済学』(有斐閣)、『キャリアに活かす雇用関係論』(世界思想社)。

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 【編集】荒砂良子 【金井さんの写真】本人提供 【その他の写真・イラスト】PIXTA