〈読書〉 帝国2024年5月28日

  • クリシャン・クマー著/立石博高・竹下和亮訳

岩波書店 3080円

岩波書店 3080円

◆“多様性と普遍性”共に志向する土壌

 国民国家の建設は、歴史の長きにわたって力による支配と拡大を続けてきた「帝国」に対する反省のもとでなされた――そんな従来の認識に対して、歴史社会学の重鎮である著者は「多くの国民国家は帝国のミニチュアである」とし、帝国から相反する国民国家へと移行したとする考え方を刷新しようと試みる。

 実際、多くの国民国家が帝国主義的な拡大を行ってきた。現代史に目を向ければ、ヨーロッパ諸国によるアジア・アフリカ地域への植民地支配は今なお禍根を残し、旧ソ連からの独立後も中央アジアには混乱が続く。国民国家には数多くの「帝国の遺産」が引き継がれている。両者は単純な二項対立で捉えられず、互いに影響し合っているというのが著者の見方だ。

 興味深いのは、著者が帝国を前時代的なものとして片付けるのではなく、そこに積極的な意味も見いだしている点だ。異民族や異文化を取り込みながら発展してきた帝国は、多様性を受け入れる土壌を持ち、普遍性を志向する。他方、国民国家は、多数派を構成する民族への同化を促すナショナリズムの力学が原理的に働いてしまう。

 ポスト国民国家を考える上では、帝国の功罪を冷静に見つめる必要があろう。その暴力性には留意しつつも、平和と秩序を構築する知恵を引き出す源泉にもなり得る。その意味で、EU(ヨーロッパ連合)もまた多分に帝国的であるという著者の主張には、納得させられる。

 長く繁栄した帝国の多くは、その精神的基盤を世界宗教に置いてきた。混迷を深める今日の世界に、新たな普遍性の光明をもたらす帝国を望むなら、その根底には、全ての人の尊厳を真に裏付ける思想が不可欠であるに違いない。(東)

 〈メモ〉古代から20世紀初頭まで、世界各地で見られた統治形態を概観。巻末の膨大な読書案内もうれしい