〈クローズアップ ~未来への挑戦~〉 スペイン・イタリア㊦ 「人間のため」「社会のため」の宗教2024年5月27日

 世界の同志の姿から、創価の哲学と運動の価値を考える「クローズアップ 未来への挑戦」。カトリック社会でなぜ、日蓮仏法そして創価学会への信頼と理解が広がっているのか――。24日付のスペイン・イタリア㊤に続き、両国での取材を振り返りながら考察します。(記事=萩本秀樹、写真=石井和夫)

世界広布をリードするイタリア創価学会の友。信心に巡り合った歓喜を胸に、各分野で人と社会に尽くしている(首都ローマで)

世界広布をリードするイタリア創価学会の友。信心に巡り合った歓喜を胸に、各分野で人と社会に尽くしている(首都ローマで)

 バチカン市国はイタリア・ローマ市内にある都市国家である。独立国家としての面積は世界で最も小さく、人口は最も少ない。そのバチカンは、ローマ・カトリック教会の中枢であり、世界に10億人以上いる信者が、日々訪れる。
 古代ローマ帝国以来、カトリック教会はイタリアで絶大な影響力を持ってきた。国教制は1984年に廃止されたが、長い間、人々の生活に根を下ろしてきた教会の影響は今なお大きい。政治をはじめさまざまな場面に、教会の伝統や価値観が反映されているのが現実だ。
 
 84年、イタリア共和国国家と少数宗派との間でインテーサ(宗教協約)の締結が始まったことは、そんな同国の歴史の画期だった。元首相府参事官のアンナ・ナルディーニ氏はインタビューで、「長くカトリックが国教であったイタリアで、国家が他の宗派との協約を結び始めたことには、大きな意義がある」と述べた。
 通常、インテーサの締結には長い年月を要する。申請先の首相府内に委員会が立ち上がり、厳正な審査が行われ、承認されれば首相が調印する。さらにその後、国会に提出され、上下両院を通過すれば、大統領による発布、官報への掲載を経て発効されるのだ。
 
 イタリア創価学会がインテーサを申請したのは、2001年。15年に調印され、翌16年に発効された。決議投票が行われた下院本会議では、登壇した代表の議員が次のように語った。
 「今回のインテーサは、カトリックと異なる宗教を実践する可能性を確かなものとし、信教の自由を確保する大切な法案です。それは、イタリア社会をより充実させるものといえるでしょう」
 「創価学会は常に平和のメッセージの発信に尽力してきた団体です。各人の良心・思想と、自らの宗教を公言する自由を享受するために、この法案に賛成を投じます」

「サン・ピエトロ大聖堂」のクーポラ(ドーム)から、バチカン市国とローマ市内を望む

「サン・ピエトロ大聖堂」のクーポラ(ドーム)から、バチカン市国とローマ市内を望む

師の励ましが原点

 イタリアの同志の大きな喜びとなった、インテーサの締結。その歩みは、池田大作先生がイタリアを初訪問した1961年に始まった――イタリア創価学会のアルベルト・アプレアさん(会長)、アンナ・コンティさん(副会長)は、そう口をそろえる。
 
 61年10月、初のヨーロッパ指導の折にローマを訪れた先生は、バチカン市国にも足を運んだ。
 当時を描いた小説『新・人間革命』第5巻「歓喜」の章には、山本伸一が、キリスト教をはじめ他宗教との対話の重要性を訴える場面がある。
 
 当時はまだ、イタリアの会員数はごくわずか。キリスト教との対話といっても、「今すぐには無理かもしれない」と伸一は言う。ゆえに、「時をつくり、時を待ち、私たちは、平和のため、人類のためにこうしてきましたという実証を、着実に積み上げていくことです」と。
 そうつづられた先生自らが、ヨーロッパをはじめ世界を舞台に、宗教間や文明間の対話を繰り広げていく。イタリアの同志もまた、師の指針を胸に、仏法を基調とした平和・文化・教育活動を社会で展開していった。

アルベルト・アプレアさん

アルベルト・アプレアさん

アンナ・コンティさん

アンナ・コンティさん

 70年代半ばには、フィレンツェを中心に弘教が進む。新入会者の多くは若者だった。81年に同市を訪問した先生は、新入会や会友の青年を、抱きかかえるように励ました。ここから、イタリア広布の目覚ましい発展が始まった。
 
 当時のイタリアでは、麻薬や犯罪が蔓延するなど、社会問題が山積していた。その中で、信心を始めた多くの人たちが、仏法で人生を蘇生させていった。
 後年、インテーサの審査に当たってイタリア創価学会を調査した関係者は、こうした70年、80年代の蘇生のドラマを多く見聞きし、学会がイタリア社会に良い影響を与えていると認識したという。
 
 インテーサの審査委員を務めたローマ第3大学のカルロ・カルディア名誉教授はインタビューで、創価学会が穏やかに社会に溶け込み、社会に尽くそうとする行為が一貫していた点が、審査において高く評価されたと述べていた。
 平和のため、人類のため――社会が見つめる同志の行動の源に、池田先生の励ましがあった。

宗派を超えて協働

 カトリック社会の真ん中で、創価学会はどう映っているのか。
 教会関係者との渉外を長年、重ねてきたエンツォ・クルシオさんは、教会関係者が学会に対して特に敬意を抱いている点は、①釈尊そして日蓮を源流とする、長い伝統を持つ宗教であること、②自らの教義と信仰に、深い確信と誇りを持っていることであると、実感を込めて語っていた。
 
 カトリックが中心的な宗教である一方で、近年のイタリアでは、若者を中心に“教会離れ”が進んでいる――そう述べたのは、「宗教・信仰・良心の自由に関する研究センター」のラファエラ・ディ・マルツィオ所長である。
 そうした背景の中、より開かれた教会へと、フランシスコ現教皇を中心に改革が進む。
 
 教会改革は、例えば核兵器廃絶や環境危機の打開、宗教間対話などへの積極的な関わりにも見られる。創価学会としても、2017年にバチカン市国で開かれた、核兵器のない世界を展望する国際会議に参加。人類的課題の解決のため、宗派を超えて協働してきた。
 昨年、池田先生の逝去に当たっては、教皇からの弔意がイタリア創価学会を通じて寄せられた。教皇は、「池田氏がその長いご生涯において成し遂げられた善、とりわけ、平和、そして宗教間対話の促進に尽力されたことを、感謝とともに記憶にとどめております」と述べた。そして今月10日には、イタリアを訪問した原田会長と教皇がバチカン市国で会見した。
 
 バチカンだけではない。イタリアの各都市でメンバーは、司教をはじめカトリック教会関係者との友情を長年、育んできた。今ではどの地域でも、創価学会とカトリックとの間で良好な関係が築かれているという。
 63年前、先生がローマの地で展望したキリスト教との対話。時をつくり、時を待ち、師を心に抱いて進んできたイタリアの同志の奮闘によって、今、大きく花開く。
 
 また、インテーサを締結したことで、イタリア創価学会への認知は一般社会にも広がる。インテーサに基づき配分される「1000分の8税」(※)を、イタリア創価学会では国内外の社会的な活動や人道支援活動に充てている。それは会員にも誇りと喜びになっていると、アプレアさんは語る。
 使途を公開する中で、税の分配先としてイタリア創価学会を選択する納税者は、年々、増加。社会に有益な団体としての、学会への認知と信頼の証しでもある。

 ※ イタリアでは、個人の年間所得税の0・8%(=1000分の8)に当たる額を、国家の社会・人道活動、または国家が定める一定の宗教団体に分配することが法律で定められている。納税者はどこに納めるかを選択できる。イタリア創価学会はインテーサに基づき、こうした宗教団体の一つに選定されている。

苦楽を共にし、励まし合う男子部のメンバー(イタリア・トスカーナ州のチェチナ市で)

苦楽を共にし、励まし合う男子部のメンバー(イタリア・トスカーナ州のチェチナ市で)

「時」をつくり待つ

 「カトリック社会でなぜ、仏法の人間主義が広まっているのか」
 
 昨年9月、スペイン、イタリアでの取材に際して立てたこの問いは、当初、「カトリック社会であるにもかかわらず」という意味で考えていた。
 だが、取材を終えた今、「カトリック社会であるからこそ」、対話を根本とする日蓮仏法は、信頼と共感を得ていると実感する。
 
 どちらの国でも、カトリックは人々の生活のあらゆる側面に関わり、宗教を信じることは生きることの一部だったといえよう。題目を唱えるという宗教的実践にも抵抗の小さい人たちは、功徳を実感し、仏法への確信を深めていく。そして仏法もキリスト教も、平和という根本目的を共有している。折伏が大きく進んだ背景に、こうした要因があった。
 一方で、カトリックが長く国教であったことから起こる反動、そして、近年進む宗教離れの傾向なども、両国に共通していた。
 
 カトリックが国教の社会から、より開かれた社会へと移りゆく時代に、創価学会は「人間のための宗教」「社会のための宗教」の使命にまい進してきた。スペインでは宗教間対話、イタリアでは核兵器廃絶や気候変動対策をはじめ、社会の要請に応える学会の活動に、高い評価が寄せられていた。
 
 世界中で、社会になくてはならない団体として確かな存在感を放つ学会の発展を見るたびに、「時をつくり、時を待ち、私たちは、平和のため、人類のためにこうしてきましたという実証を、着実に積み上げていくことです」との、先生の期待と先見の深さを思う。
 そして、師を心に抱いて奮闘する世界の同志に学びながら、「世界青年学会」を豊かに開きゆく決意を、一層強くしている。

 スペイン・イタリア㊤の記事(24日付)はこちら

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