〈BOSAI(防災)アクション――東北大学災害研の知見〉第2回 佐藤健教授に聞く「地域コミュニティーの大切さ」2024年5月20日

 災害の経験や教訓を踏まえながら、今、求められる災害への備えや心構えについて学ぶ本企画「BOSAI(防災)アクション――東北大学災害研の知見」。今回のテーマは「地域コミュニティーの大切さ」。都市・建築学を専門とし、東北大学災害科学国際研究所(災害研)の防災教育実践学分野教授として小・中学校向けの防災教育プログラムの開発などに取り組む佐藤健氏の知見と共に、地域住民と協力して防災への取り組みに尽力する宮城県の同志の挑戦を紹介する。(記事=水呉裕一)

郷土愛が育まれる土壌に
“命を守る力”は養われる

 ――佐藤教授は都市・建築学が専門で、主に「まちづくり」の研究を進めておられますが、「ひとづくり」にも焦点を当て、人々に防災行動を促す「防災コミュニケーション」の重要性を強く訴えています。そこには、どのような思いがあるのでしょうか。
  
 建物の耐震・免震・制震などの防災対策の技術がいくら進歩しても、結局は、その技術を適切に生かす人がいて初めて、防災力の向上につながります。例えば、家具類の転倒・落下防止対策の必要性は分かっていても、実際に自宅の家具に設置するまでの行動に至る人は、そこまで多くないのが実情です。
 技術の発展のみならず、人の行動変容にまでアプローチする努力を重ねることも、大学で研究する者の使命であると考えています。防災対策を“わがこと”と捉え、行動に移してもらうことが、多くの人の命を守ることに直結するからです。
  
 ――防災への行動を実際に起こすためには、何が必要だと思いますか。
  
 私は、住民間のコミュニケーションを取れる仕組みをつくることが、“いざ”という時の備えにつながると思っています。
 仙台市のある地域では、8年前に子どもたちが主体的に結成した“子どもまちづくり隊”と、一緒になって豊かなまちづくりに取り組むようになりました。
 中でも、子どもたちがガイド役の大人と共に地元を探検しながら、地域の自然や歴史とともに、避難所の場所などを学ぶ「防災宝探しゲーム」が好評です。
 かつて小学生として“教えられる側”だったメンバーも、今では高校生や大学生となって“サポートする側”として奮闘してくれており、地域の防災意識の向上につながっています。私はこの姿に持続可能性を感じています。
 この取り組みは、地域住民も“地域の未来”を育む当事者として、子どもたちの教育に携わっていくことを目指すものです。
 このような考え方は、現在、文部科学省が推進する学校と家庭、地域との連携・協働に基づく「コミュニティ・スクール(CS)」の運営の在り方にも通じています。こうしたCSなどの連携・協働の枠組みを活用しつつ、いかに住民同士が日頃からコミュニケーションを取れる仕組みをつくっていけるかが、地域の防災力を高める要になっていくと思います。
  
 ――自然災害が多発する今、地域ごとにそこで暮らす人々を守り合うコミュニティーの役割の重要性は、ますます高まっています。
  
 13年前の東日本大震災発生直後も、「公助」の限界が明らかになるとともに、地域コミュニティーを母体とする「共助」への期待が高まりました。
 地震が発生した午後2時46分頃は、学校によっては子どもが学校にいる時間帯でもありました。これは震災後のヒアリング調査で分かった事例ですが、岩手県沿岸部のある中学校では震災時、生徒を校庭に避難させたのに対し、学区内の地域住民は高台への避難を行いました。学校と地域住民の津波避難計画が元々、異なっていたのです。
 津波は校庭にまで押し寄せましたが、生徒たちはそれぞれが緊急避難し、事なきを得ました。その後、この地域では互いに協議し、避難計画を見直しています。
 一方、同じ岩手県沿岸部にある別の小学校では、保護者や地域住民と避難計画を事前に共有し、児童の引き渡しは高台で行うなどの取り決めを行っていたため、いわゆる「津波てんでんこ」が実現できたという事例もありました。
 ほかにも指定避難所の開設や運営の在り方など、震災ではさまざまな課題が浮き彫りになりました。一つ一つを見直す中で、事前の連携や取り決めなど、改めて地域での日頃からの交流が大切だと感じています。
  
 ――地域のつながりが希薄化する現代において、そこで暮らす人々が交流を深めていくためには、一人一人がどのようなことを心がければよいのでしょうか。
  
 町内会やPTA活動といった地域貢献活動だけでなく、自身の趣味や特技を生かしたサークル活動や地元のお祭りなどに参加することからでもいいんです。私も地元のソフトボールサークルに入っていますが、多くの人とつながるきっかけになっていると実感します。
 “自分が地域づくりをしていこう”という郷土愛が育まれる土壌がつくられてこそ、地域の防災力が養われると思っています。
 地域に尽くそうとする一人一人のつながりが、“いざ”という時に命を守るセーフティーネットになる。そのつながりを強めていけるよう、災害研としての活動をさらに進めていきたいと思います。

【プロフィル】

 さとう・たけし 東北大学災害科学国際研究所教授。同大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。総合建設会社勤務、同大学院工学研究科附属災害制御研究センター准教授などを経て、2012年4月から現職。博士(工学)。
  

《ルポ》宮城・太白常勝区 杉山光一さん

絆を結ぶ一歩を私から

 「この地域は信号機が一つもないほど田舎なんですが、自然も豊かだし、人も温かい、いい所なんですよ」
 
 仙台市太白区の四郎丸落合で9年間、町内会長を務める杉山光一さん(副支部長)が誇らしげに語る。
 
 名取川のほとりにあるこの地域は、東日本大震災の際に津波が川を遡上し、土手を越水する危険性があった場所として知られる。杉山さんはこれまで、“どうすれば住民全員の命を守れるか”と、住民の避難の在り方や事前の備えなどの課題に、地域の友と向き合ってきた。
 
 6年前からは、地元を含む14の町内会からなる町内会連合会で社会福祉協議会会長も務める。どこまでも、住民相互のつながりを結ぶことに焦点を当てている。中でも一番、手応えを感じているのは、高齢者・障がい者を支援する福祉ボランティアグループと子どもたちを見守る児童館の職員など、普段の活動では関わりを持つ機会がない団体同士のスタッフたちが、地域の課題をざっくばらんに語り合う場を設けたことだ。
 
 町内会が自主的に開設する避難施設の目印となる看板の設置やデザイン案は、皆の語らいから生まれたもの。そのほか、災害時の避難経路マップの作成や、地域の子どもたちを交えて避難所の場所を学ぶ“地域探検”なども開催している。
 
 今月は、“避難経路を実際に歩いてみた動画”の視聴会を実施し、どのような危険が潜んでいるかを、避難者の目線で学んだ。
 
 地域住民のコミュニケーションの中で、防災・減災を推進する取り組みに学びたいとの声も多く、杉山さんは現在、仙台市主催の防災シンポジウムや各地のイベントでの講演も行う。

杉山さん(右から3人目)が、同志と共に地域の未来について語り合う

杉山さん(右から3人目)が、同志と共に地域の未来について語り合う

 そんな杉山さんには、地域活動を始めたきっかけがある。それは13年前に起きた東日本大震災。テレビや新聞報道で目にする変わり果てた東北の景色、日を追うごとに入ってくる「あの人が亡くなった」「あそこのお子さんが帰らなかった」といった訃報の連続にショックを受けた日々は忘れられない。
 
 当時、杉山さんは65歳。同じ東北で、苦しい思いをしている人が近くにいるにもかかわらず、何もできない自分に歯がゆさを感じた。学会青年部を中心に行っていた清掃ボランティア「かたし隊」などの力仕事を買って出ようとも思ったが、自分は若い人と同じようには動けない。しかし、何か力になりたい。そんな中、地域に住む学会の同志に声をかけてもらったのが町内会の活動だった。
 
 「世間でも『絆』の一文字を掲げて、東北の復旧・復興へと歩んでいこうとしていた時でもありました。地域の絆を強めるために、私にできることならと参加させてもらったんです」と杉山さん。池田先生がかつて壮年の友に語った“今の年齢マイナス30歳の心意気で!”との励ましを胸に、新たな挑戦を開始した。
 
 町内会の役員を引き受けた当初、自分に役目が務まるのか不安だったが、大事なのは目の前の一人の声を聞くことだと気付いた。「それは学会活動で培ってきた姿勢でした。大切なのは最初の一歩を踏み出す勇気です」
 
 杉山さんは町内を歩く際、住民や学校帰りの子どもたちとすれ違うたびに欠かさずあいさつし、時には立ち止まって談笑する。
 
 その姿から、地域コミュニティーの輪を広げる上で、まずは自分から一人一人と絆を結んでいこうとの思いが大切であることを学んだ。
  

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