〈識者が語る 未来を開く池田思想〉 台湾・聖約翰科技大学 唐彦博学長に聞く2024年5月1日

  • 教育の本義は人間としての正しい振る舞いを育むこと

 「識者が語る 未来を開く池田思想」の第2回では、台湾・聖約翰(セント・ジョンズ)科技大学の唐彦博学長を取材しました。昨年、合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産む子どもの数)が世界最低水準を記録した台湾。教育機関も少子化の影響を受けています。その中で世界市民教育に取り組む唐学長に、青年の自信を育む「池田思想」について聞きました。(聞き手=牧田功一)

 ――先の台湾の地震に当たり、犠牲者の方々に哀悼の意を表すとともに、被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。唐学長は、台湾・中国科技大学や台北海洋科技大学などで要職を歴任されました。2022年には、台湾の「国際ロータリー」第3523地区から、社会に顕著に貢献した40人に贈られる「ゴールデン・キャリア・アワード」に、私立大学の学長として唯一選出されました。
  
 昨年の夏、聖約翰(セント・ジョンズ)科技大学の学長に就任しました。私はこれまで、現在の大学を含む5校の学長を経験しましたが、それぞれの場所で“学生第一”の学校づくりに取り組んできました。今回の受賞は、その挑戦が評価されたと自負しています。
  
 3学部5学科を擁する本学は、「德以輔才 學以致用(徳は才能を助け、学習は応用される)」との校訓を実践しています。
  
 「徳を身に付ける」とはどういうことか。私は「徳」は「品」に置き換えられると考えています。
  
 友人と励まし合いながら、錬磨の日々を過ごすことで「品格」が備わるとともに、学習の「品質」も高まります。その中で、友の心や物事の本質を正しく認識する「品味」を養うことができるのです。
  
 大学は専門的な知識を習得し、磨く場所です。しかし、知識偏重の教育が行き過ぎると、やがては人間の生命をも脅かす問題を生み出すリスクがあります。
 池田大作博士は、知識と知恵が異なるものであることを何度も語られました。
  
 私も同感です。知恵が人類を幸福に導きます。知識を知恵に転じるためには、自身の内面の変革が必要であり、「徳」を身に付けることが、その変革を促すのです。

共感の心から

 ――SDGs(持続可能な開発目標)に17もの目標があるように、現代の社会課題は非常に複雑で、複合的です。これらの課題を考える時に大切なことは何ですか。

 2015年に国連でSDGsが採択され、明年で10年を迎えますね。今では行政や企業、個人レベルでも、持続可能な世界の構築を目指した運動が積極的に展開されています。

 池田博士は、通算40回に及ぶ「SGI(創価学会インタナショナル)の日」記念提言を通して、環境や紛争、核兵器や人権などの地球的問題群について、仏法を基調とした人間主義の視座から具体的な解決策を提起されました。私も一人の教育者として、興味深く学んできました。

 博士は一貫して、地球的問題群を“自分のことのように捉えること”の大切さ、つまり、目の前にいない人にも寄り添う「共感の心」を訴えておられます。どんな問題を考える上でも、この点が最も重要ではないでしょうか。

 台湾・中国文化大学で行われた第15回「池田大作平和思想研究国際フォーラム」(本年3月)では、SGI提言などを学んだ研究者らが論文を発表し、池田博士の生命尊厳の哲学を踏まえて、各専門分野から希望の未来を展望しました。私も登壇しましたが、SGI提言や書籍に残されている博士の思想を、具体的行動につなげていくことが重要であると考えています。

 同フォーラムの前日には、本学の図書館に「池田大作図書コーナー」が設置されました。

 私は何か困難に直面するたびに、池田博士の書籍を読み込んできました。今では、一年の初めに博士の書籍を読み、具体的な目標を定めるのが恒例となっています。学生たちにも、今回設置された「図書コーナー」を活用して、困難に直面した時に勇気を得られる一書に巡り合ってほしい。そのために、今後、読書会などを開催する予定です。

台湾・中国文化大学で開かれた第15回「池田大作平和思想研究国際フォーラム」(3月2日)

台湾・中国文化大学で開かれた第15回「池田大作平和思想研究国際フォーラム」(3月2日)

 ――SDGsの目標4には、「質の高い教育をみんなに」と掲げられています。唐学長は聖約翰(セント・ジョンズ)科技大学「池田大作図書コーナー」の開設式の席上、この目標に触れつつ、他者の幸福のために行動できる人に成長しようと呼びかけられました。

 SDGsの目標4は、教育に携わる者にとって、大変重要です。世界を見渡すと、さまざまな理由で教育を受けることができない子どもたちが、多くいます。また、先般の新型コロナ禍も教育の“質”と“機会”に大きな影響をもたらしました。

 池田博士はSGI提言の中で、何度も「誰も置き去りにしない社会の実現」を訴えられました。私の大学でもその理念を体現するために、さまざまな取り組みを実践しています。

 例えば、社会的にハンディがある学生を迎え入れてサポートする体制の充実です。台湾の原住民(このインタビューでは台湾での呼称である「原住民」を用いる)も、その一例です。

 台湾には、16の部族が公に認められています。時代の変遷に応じて、原住民の教育に関する多くの施策がなされてきましたが、十分とは言い切れません。

 私たち教職員は、彼らの個性や才能を見いだすことに力を入れ、就職活動の支援をしたり、経済的な支援制度の拡充を進めたりしています。

 学生には、社会的に弱い立場にある人たちと共に過ごす中で、「利他の精神」を養ってもらいたいと願っています。そのためには、生命の価値の大切さを学ばなければなりません。

 困った人に寄り添い、手を差し伸べて、共に前進する「抜苦与楽の心」こそ、現代社会の各分野でリーダーになる人に求められる姿勢ではないでしょうか。本学では、さらに、感謝と親孝行の心を育むことを目的とした研修を毎年行い、参加した学生や両親から好評を博しています。

台湾・聖約翰科技大学の図書館に設置された「池田大作図書コーナー」

台湾・聖約翰科技大学の図書館に設置された「池田大作図書コーナー」

世界市民の要件

 ――池田先生は、世界市民とは、「智慧の人」「勇気の人」「慈悲の人」であると語っています。唐学長はこの考えに共鳴され、大学教育の中で、こうした青年の育成に取り組まれています。

 智慧、勇気、慈悲を体する世界市民は、現代社会の困難を乗り越えるために大変重要な役割を担うと確信しています。その上で、池田博士の言う3点を私なりに集約すれば、「平和の人」であると考えます。「平和の人」とは、池田博士が繰り返し語られているように、「対話力」がある人です。宗教や人種の垣根を越えて、平和の架け橋となれる人材を指しています。私は、青年には皆等しく、その可能性が備わっていると信じてやみません。

 大きな目標は、一人だけでは達成できません。皆で足並みをそろえて、前に進む必要があります。そのために必要となるのが「対話力」なのです。

 現在、先進国を中心に、少子高齢化の問題が加速しています。台湾でも合計特殊出生率の低下が話題になりました。少子化や高齢化の問題に限らず、ロシアによるウクライナ侵攻や環境問題など、社会は混迷を深めています。

 そんな中で、私たち教職員が果たすべき役割の一つが、目の前の学生、青年を励まし抜くことだと思います。その姿勢が今、改めて問われているのではないでしょうか。励ますといっても、難しく考える必要はありません。先ほど述べたように、学生自身に、社会を変えるパワーと可能性があることを自覚させ、自信を持たせることが何より重要なのです。

 本校では、努力している学生をたたえる制度が整っています。自信を付けさせるためには、一人一人の挑戦と成果を、わがことのように喜び、褒めたたえていくことが一番大切です。

 私は、池田博士が一貫して実践されてきたことを一言で表現するならば、「励まし」だと思います。全国・全世界に足を運び、人々と語らう中で、その心に「勇気の灯」「希望の灯」をともしていく。博士の姿に学ぶべきことは尽きません。

 世界を平和に導く「世界市民」の育成に携わる誇りと喜びをかみ締めながら、学生たちと絆を強め、広げていきたいと決意しています。

池田先生と、世界平和への語らいを深める台湾・中国文化大学の張鏡湖理事長㊧。唐彦博学長は当時、同大学の総務長として同席した(1996年4月、八王子市の東京牧口記念会館で)

池田先生と、世界平和への語らいを深める台湾・中国文化大学の張鏡湖理事長㊧。唐彦博学長は当時、同大学の総務長として同席した(1996年4月、八王子市の東京牧口記念会館で)

万代に希望を

 ――1996年4月、八王子市の東京牧口記念会館で池田先生と台湾・中国文化大学の張鏡湖理事長、林彩梅学長らが会見されました。その席に、唐学長も同席し、初めて池田先生とお会いになりました。

 ありがたいことに、私は何度も、池田博士にお会いする機会に恵まれました。その一回一回の出会いが、かけがえのない思い出です。学長として働く今、改めて、教育者としての博士の偉大さを実感せずにはいられません。

 かつて、創価大学を訪問した際に感じた人間主義、芸術の息吹がみなぎる大学の建物の雄大さ。中国語の歌で迎えてくださった創価大学の学生や教職員の皆さんの温かさ。自信に満ちあふれた創価大学の学生たちの表情。その一つ一つを思い起こしながら、改めて、教育の成就は、単に高度な学問を習得することではなく、人間としての正しい振る舞いを身に付けることにあるということを深く心に刻みました。

 ――唐学長は、池田先生の長編詩「母」に感銘を受けた一人であると伺いました。

 その通りです。博士は、世界的な詩人であり、教育者であり、宗教家であり、写真家でもあります。ここまで多岐に渡って功績を残された人を、私は他に知りません。

 中国では、歴史の風雪を経ても風化しないものを「三不朽」といいます。いわゆる「立言(善い言葉、著作)」「立功(事業)」「立徳」の三つです。そして「言」よりは「功」が、さらに「徳」こそが永遠に朽ちないといわれています。

 この格言をもとに博士の功績を振り返ると、博士の思想・哲学は全てと言えるほど書籍化されており、それによって私たちはこれからも、博士の人間主義の哲学を学ぶことができます。

 博士が創立した創価大学、アメリカ創価大学をはじめとする教育機関や、世界的な文化交流拠点として発展する民音文化センターや東京富士美術館など、これらの事業の一つ一つが、社会を照らす灯台として万代に希望を届けゆくに違いありません。

 そして何より、博士の徳があってこそなしえた対話の数々。そこで築かれた平和の連帯は不朽そのものです。今こそ、この連帯に加わり、皆で平和への歩みを進めていこうではありませんか。
 
 
 

 〈プロフィル〉唐彦博 台湾生まれ。台湾・中国文化大学で工学の学士、法学の修士・博士課程を修了。アメリカ・シャミナード大学では商学修士号を取得。台湾・中国文化大学総務長を経て、5校の学長を務め、台湾・文部省私立学校審議会委員などを歴任。
 
 ◆ご感想をお寄せください
 kansou@seikyo―np.jp