〈第2回本部幹部会・関西総会〉 原田稔会長の指導(要旨)2024年4月21日

  • 一人を大切にする座談会、訪問・激励を
  • 等身大の言葉で共感広げよう

 一、栄光の5・3「創価学会の日」「創価学会母の日」を祝賀する、第2回本部幹部会ならびに関西総会の開催、誠におめでとうございます。
 
 本日(13日)は、17カ国・地域から、128人のSGIメンバーも参加されています。遠いところ、ようこそお越しくださいました。心から歓迎申し上げます(拍手)。
 
 一、はじめに、「世界青年学会 開幕キャンペーン」では、世界青年座談会に取り組んでいただきました。また、SDGs(持続可能な開発目標)のさらなる推進を目指す国連「未来サミット」に先駆けて開催された「未来アクションフェス」も、新時代の到来を高らかに告げる見事な大成功、大変におめでとうございます。
 
 その上で、何よりも肝心なのは“これから”であります。SDGsといっても、どこか遠くにあるものではありません。誰一人取り残さない、持続可能で、多様性と包摂性のある社会――その縮図こそ、私たちが月々日々に実践している「座談会」であり、「訪問・激励」です。開幕キャンペーンで結んだ絆を、毎月の座談会や日々の訪問・激励を通して、さらに太く、さらに強くして、学会への理解と共感を着実に広げていきましょう。
 
 一、社会学者として多くの学会員と会い、取材されている東京大学大学院准教授の開沼博氏は、学会の座談会と訪問・激励に注目する一人です。
 
 聖教新聞紙上でも、座談会について「集まること自体に価値を見いだす座談会を、当たり前の活動として持っていることもまた、学会の強さの根源にある仕組み」であると指摘。訪問・激励についても高く評価し、「多くの人に活動に参加してもらおうとする上で、会合に来ない人を大切にできないような不寛容な組織であれば、学会はここまで発展することもなかったと思います」などと語っています。
 
 その上で開沼氏は、こう結論します。
 
 「戦後社会の中で、営利企業や他の宗教団体も活動の維持・拡大を目指しつつも、その多くが時間の経過の中で弱り、淘汰されてきた。しかし学会は、災害やコロナ禍をはじめとする社会の課題に直面するたびに、状況の変化に活動のあり方をカスタマイズさせ、進化してきた。この歴史的な一貫性こそが、創価学会の強さなのだと思います」と。
 
 今まさに、青年世代の育成と拡大において学会伝統の座談会と訪問・激励を、どう「カスタマイズ」――すなわち、必要に応じて変化させられるか。時代からの“挑戦”に対する、私たちの“応戦”が、ここにあります。

5・3「創価学会の日」「創価学会母の日」を記念する第2回本部幹部会・関西総会(13日、大阪・関西戸田記念講堂で)。新たな常勝の歴史を築きゆくことを誓い合った

5・3「創価学会の日」「創価学会母の日」を記念する第2回本部幹部会・関西総会(13日、大阪・関西戸田記念講堂で)。新たな常勝の歴史を築きゆくことを誓い合った

 
 一、近年、さまざまな分野で「ナラティブを語ること」の重要性が指摘されています。「ナラティブ」とは、直訳すると「物語」です。しかし、同じく「物語」と訳される「ストーリー」とは、その意味合いが異なります。
 
 分野によって解釈の仕方に違いはありますが、「ストーリー」は物語の筋書きを意味します。筋書きですから、当然、語り手が誰であれ、物語は変わりません。
 
 対して、「ナラティブ」は、語り手自身が、一つ一つの経験をどう感じ、どう意味づけていったのかという物語です。ゆえに、経験それ自体は同じだったとしても、語り手の数だけ物語があります。
 
 一方、今の青年世代を特徴づけるものとして、人物や企業などを評価する際に“ホンモノ感”があるのか――言い換えると、“ありのままが伝えられているか”“表裏がないか”に重きを置く傾向性があるといわれています。
 
 だからこそ、100点満点の完璧な「ストーリー」よりも、弱さも失敗も、ありのままにさらけ出しながら、それでもなお、その人ならではの、等身大の物語を紡ぐ「ナラティブ」のほうが、ホンモノ感を重視する青年世代には、“刺さる”ともいわれています。
 
 こうしたことを踏まえると、この「ストーリー」か「ナラティブ」かは、私たちが座談会や訪問・激励、活動者会などで語り合っている、体験談や活動報告にも通じると思います。従来の発想ですと、とかく結果ばかり強調しがちですが、プロセスや、その過程での胸の内を語るなかに、本当の意味での共感が生まれるということです。また、目に見える結果にはつながらなかったとしても、あるいは、まだゴールにたどりついていないとしても、その挑戦そのものに価値があるということです。
 
 生涯発達心理学やナラティブ心理学を専門とする、京都大学名誉教授・やまだようこ氏は、かつて京都創価学会が主催したフォーラムで、こう語られていました。
 
 「皆さんは、『もの語り(ナラティブ)アプローチ』――対話を通して一人一人の『人生もの語り』を前向きなものへ転換し、新たな意味づけをしていく実践に、日頃から取り組まれているのではないだろうか。その行動に敬意を表したい」と。
 
 「対話」こそ座談会と訪問・激励に魂を吹き込む生命線であり、そこに「一人を大切にする」という学会の根本精神も脈動します。座談会についても今、“内”も“外”もなく双方向の語らいとなるよう、例えば、参加者が複数のグループに分かれ、決められたテーマのもと自由に語り合う“グループトーク”を取り入れるなど、地域性を踏まえつつ、さまざまに試行錯誤しながら推進していただいております。
 
 今後も青年世代の知恵に学び、積極的に取り入れながら、工夫を重ねていきたいと思います。
 
 一、池田先生は、会長辞任の翌年、1980年(昭和55年)5月3日、関西の地で語られました。
 
 「常勝の空だ。関西の空だ。永遠たれ5月3日だな」
 
 そして同年の「大白蓮華」5月号には、「永遠たれ 五月三日」と題する随想を寄せ、こうつづられました。
 
 わが同志は、この広布の一つの峰ともいうべき五月三日を期して、信と行と学との精進を誓い合っていきたいものである。私は、友の成長と、功績と、苦労を謝しながら“五月三日よ 永遠たれ”と祈らずにはいられない――と。
 
 私たち池田門下が、異体同心の団結で、さらなる広布推進と人間革命を誓い合うなかに、「5・3」は永遠ならしめられる。そしてそれが先生の願いであり、祈りなのであります。
 
 御聖訓にいわく「仏弟子は必ず四恩をしって知恩・報恩をいたすべし」(新58・全192)。さあ、池田先生への大恩に報いるべく、一人一人が下種拡大の対話へ、勇んで飛び出していこうではありませんか(拍手)。