【新企画】識者が語る 未来を開く池田思想――地球憲章インタナショナル ミリアン・ビレラ事務局長に聞く2024年4月18日

 新企画「識者が語る 未来を開く池田思想」では、池田大作先生の思想が持つ現代的意義について、世界の識者に語っていただきます。持続可能な未来へ、人類の新たな規範として2000年に発表された「地球憲章」。その推進を担う地球憲章インタナショナル(ECI)のミリアン・ビレラ事務局長に、地球的課題の解決へ、その行く手を照らす池田思想を巡り聞きました。(聞き手=小野顕一、加藤幸一)

 〈①生命共同体への敬意と配慮②生態系の保全③公正な社会と経済④民主主義、非暴力と平和の四つの柱、16の原則からなる地球憲章は、その内容や成立の過程から、“SDGs(持続可能な開発目標)の原点”ともいわれています。ビレラ事務局長は、この地球憲章制定への調整役を担ってこられました〉
  
 1992年にブラジルで国連環境開発会議(地球サミット)が行われました。その後、数年にわたる検討を経て、人間や社会の倫理的原則を盛り込んだ「地球市民の憲章」としてまとめられたのが地球憲章です。
 
 私は21歳で国連に勤務し、地球サミットの準備などに携わりました。幸運にも、同サミットで事務局長を務めたモーリス・ストロング氏、ミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領ら、世界の巨人たちと直接仕事をする機会に恵まれました。
 
 ソ連の崩壊から数年、ゴルバチョフ氏は人類の道徳的な羅針盤が不可欠であると感じ、ストロング氏もまた、民衆自らが選び取る未来への地図が必要と考えていました。両者とも、国家間の交渉だけでは限界があると痛感していたのです。
 
 地球憲章には、地球サミットで採択された宣言をはじめ、多くの国際条約等の精神が反映されています。SDGsを建物とするならば、地球憲章はその土台といえるでしょう。持続可能な未来への目標を達成するための、行動原則を明確にしているのです。
 
 地球憲章は国連から生まれたものですが、国連の枠内にとどまらず、あらゆる人が参加できる運動として発展してきました。希望の未来を示し、今いる場所からの行動を促しています。
 

“盲点”に気付くために

 地球憲章では、人類が“地球共同体”の一員であり、「すべての人が、人類家族と生き物全体の現在と未来の幸福に、責任を分かち合っている」ことが呼びかけられています。
 
 具体的な行動に当たって重要なのは、地球市民としての視野を広げること。自分が見えていない“盲点”に気付くことです。
 
 私が学生の頃、母国・ブラジルで痛ましい事故がありました。病院の跡地から持ち出された光る粉が、宝石と勘違いされて家々に持ち帰られたのですが、実はそれが放射性物質のセシウムだったのです。200人を超える市民が被ばくし、4人が亡くなりました。
 
 悲劇を繰り返さないために、何ができるのか。もちろん、ずさんな管理が一番の問題です。その上で、世の中には、思いもよらないような未知の事柄や危険があるということです。
 
 私がよく知るインド出身の若い女性がいます。ご存じの通り、インドとパキスタンは緊張関係が長く続いており、彼女は、パキスタン人は相いれない相手であると言われて育ちました。
 
 ですが、地球憲章の精神に触れ、実際にパキスタン人と出会うことで、彼女は気付きます。「なんだ。同じ人間じゃないか。しかも、とてもいい人だ」と。世界の見え方が一変したのです。以来、「狭い見方を捨てるために対話を」と、運動を共にするようになりました。
 
 人には誰しも盲点があります。いつの間にか視野が狭くなり、誤解が生じる。だからこそ、出会いや対話を通して、そうした既成概念を打ち払う。地球市民としての自分の立ち位置を知る。それが、同じ地球に生きる責任の自覚につながるのではないでしょうか。
  

1997年11月、関西創価学園で再会を喜ぶ池田先生と元ソ連大統領のゴルバチョフ氏。同氏は地球憲章制定の中心者でもある。この折も地球憲章の意義を巡って語らいが弾んだ

1997年11月、関西創価学園で再会を喜ぶ池田先生と元ソ連大統領のゴルバチョフ氏。同氏は地球憲章制定の中心者でもある。この折も地球憲章の意義を巡って語らいが弾んだ

 〈ゴルバチョフ氏は地球憲章の意義について、こう述べています。「私は、ソ連邦の大統領として、約50の重要な文書や条約に署名をしました。しかし、この地球憲章は、そのどれよりも重要です。私は、われわれの心と頭脳が成し遂げたこの成果を、誇りに思っています。地球憲章は、何百万の人々の希望と夢を表しているのです」と〉
  
 この地球憲章の起草過程に尽力されたのが池田博士です。草案に貴重な助言を寄せてくださいましたが、さらに重要なのは、博士が自らの対話の実践を通し、あらゆる文化的背景の人と絆を結び、行動を共にする精神を示されたことです。
 
 地球憲章の作成において皆が特に心を砕いたのは、何か一つの思想や文化に偏らないということでした。
 
 地球憲章は「民衆の憲章」です。文明間の対話を促す内容でなければなりません。世界中の文化が真摯に研究され、草の根の意見が募られ、時間をかけて推敲が重ねられました。
 
 私も議論の様子を間近で見てきましたが、世界の巨人たちが言葉の一つ一つを熟考し、何年もかけて意見を擦り合わせる姿に感嘆したことを覚えています。
 
 当時、創価学会インタナショナル(SGI)の方々と協力して、西洋の考えだけに偏らないように、アジア各国に足を運び、意見交換したことを思い起こします。SGIは地球憲章の策定プロセスにおいても多大な貢献をされました。
 
 地球憲章が万人の羅針盤となった原動力の一つが、分野や世代、思想や信条を超え、どんな人とも連帯できるという、池田博士の確固たる信念なのです。
  

ECIとSGIが共同制作した環境展示「希望と行動の種子」(昨年10月、スペインで)

ECIとSGIが共同制作した環境展示「希望と行動の種子」(昨年10月、スペインで)

 〈ECIとSGIは、「希望と行動の種子」展を共同制作・巡回するなど、25年以上にわたって共に活動を続けています〉
  
 私たちは世界各地で連携を重ねてきました。どの国の創価学会員も思いやりにあふれ、寛容の気風が息づき、目的に向かって心を合わせています。その連帯の姿そのものが、とても価値あるものだと思います。
 
 SGIの人があまりに親切なので、親切な人を見かけると、「あなたもSGIですか?」と尋ねたくなってしまうほどです(笑)。
 
 相手のために何ができるのかを、いつも考えておられる。私も同じ気持ちです。今日、これから会う人に、自分は何を与えられるのか――。せめて、喜びや前向きな気持ちをもたらしたい。そんなふうに思いながら、活動を続けています。
 

池田先生が提唱した世界市民の要件

 〈創価大学卒業式(本年3月)に出席したビレラ事務局長は、かつて池田先生がニューヨークのコロンビア大学ティーチャーズ・カレッジで行った講演(1996年)で提唱した世界市民の要件を挙げ、はなむけの言葉とされました。すなわち①生命の相関性を深く認識しゆく「智慧の人」②人種や民族や文化の“差異”を恐れず、尊重し、成長の糧としゆく「勇気の人」③身近に限らず、遠いところで苦しんでいる人々にも同苦し、連帯しゆく「慈悲の人」の3点です〉
  
 池田博士の思想について私が特に関心を持つのが、「宗教間対話の促進」と「若者を鼓舞する積極的な行動」の二つです。とりわけ宗教間の対話を促進するために、池田博士は「橋」を架け続けられました。
 
 これまでさまざまな対話の場に身を置き、また、池田博士の生涯を見て私が思うのは、「橋を架ける」ためには「好奇心」が大切だということです。
 
 文化的な背景が異なる人に、むしろ深い敬意を持って、相手をどこまでも知りたいと願う。その気持ちが「架け橋」の役割を果たすのではないでしょうか。
 
 人間はともすると、「違い」を覆い隠し、自分の視野から消してしまおうとする。それは好奇心を抹殺する行為に他なりません。その結果、同じような考えの人が集まれば、知らない人たちへの恐怖が増大し、やがて敵対視しかねません。
 

 地球憲章には「人類の発展とは、私たちが人間的により成長すること」との一節があります。その点、私が池田博士の自己変革の理念、すなわち「人間革命」の哲学で着目しているのは、自らの向上や成長に、必ず他者との対話や周囲への貢献が伴っている点です。
 
 この人間革命の哲学は、地球憲章の精神とも多くの共通点を持つものです。
 
 地球憲章では、国や文化を超えて、地球を“一つの生命体”と捉え、未来の世代に対する使命と責任を宣言しています。
 
 池田博士は、万物は互いに関係し、依存し合っているという生命感覚を世界に広げ、平和の文化として根付かせてこられました。
 
 「相手があって自分がある」という生命観に基づけば、他者への貢献が自己犠牲にならず、無理してやるものでもなくなります。
 
 どんな人にも好奇心を持って接し、出会いや語らいを楽しめる自分になっていく。架け橋となっていく。その人間革命の哲学と実践の広がりによって、人類全体の幸福感を高めていけるのだと思います。
 

未来は変えられるのか?

 〈池田先生は地球的な課題に対し、傍観や諦め、無関心から慈悲の行動へと転じゆく生き方を、特に青年たちに促してきました〉
  
 私たちは、まさに変革の時を生きています。未来は変えられるのか。それとも変えられないのか。可能と不可能の間で、激しいせめぎ合いが続いていて、人々の考えも二極化しているように感じられます。
 
 一方は、現実に失望して、世界が良い方向に向かうはずがないと思っている人たち。もう一方は、「まだ、ここからだ。希望は捨てない。必ず全てを変革していける」と信じる人たち。
 
 どちら側でいたいかと問われれば、私は後者と答えます。創価学会の皆さんも、きっと同じだと思います。
 
 ニュースを見れば、戦争や気候変動をはじめ、危機ばかりが報じられているように感じますが、前向きな変化も起き始めていると思います。例えば、「情報」一つとっても、半世紀前とは比べ物にならないほどの量と速度でコミュニケーションをとることができる。絶望の波にのみ込まれてしまうのではなく、暗闇に光る希望に目を向け、歩むべき道を進むことです。
 
 無数の挑戦や課題があることは間違いありません。しかし、この現実があるからこそ、逆に私は人類の持つ潜在的な力を信じたい。池田博士が訴えられてきたように、必ず意識変革が起こせると信じています。
 
 ブラジルでは、300年以上もの長い間、奴隷制度が続いてきました。そこに終止符を打ったのは政治かもしれません。しかし、変革の声を上げたのは人間です。熱意の連帯が、諦めも無力感も覆したのです。
 平和な地球を次世代に託すために、どんな人にも必ずできることがあります。
 
 「今日は昨日より地球にいいことができるかな?」と考えてみる。「ご近所の方に笑顔を振りまく」でもいいと思います。どんなに些細な一滴でも、それは波紋となって広がります。
 
 私たちの希望の一滴が歓喜のさざなみとなり、いつか必ず世界を潤していく。そう固く信じています。
 
 

 〈プロフィル〉Mirian Vilela ブラジル生まれ。国連事務局等での勤務を経て、地球憲章制定の運動に参加。ハーバード大学ケネディスクールで行政学修士号、ラ・サール大学大学院で教育学博士号を取得。持続可能な未来へ、世界各地で啓発活動を重ねる。

 ◆ご感想をお寄せください
 kansou@seikyo-np.jp