名字の言 庶民の文学とは?――幸田露伴の教え2024年4月11日

 小説『銭形平次捕物控』で知られる作家の野村胡堂は、新聞記者だった頃、多くの著名人を取材した。その一人が文豪・幸田露伴である▼胡堂が露伴邸を訪ねた時のこと。「暁のもやに包まれた杉木立。夕べの雨の田圃道。火のような赤トンボが飛ぶ秋の空」と露伴が指折り数え、おだやかに話した。「こういうものから、庶民の文学が生れます」。必ずしも“天下に一つ”というような、特別な景観は必要ではない、と▼「この教えを、私は、のちに小説を書くようになってから、何度、味わい返しただろう」と胡堂は述懐する(『胡堂百話』角川書店)。「銭形平次」に描かれる江戸の何げない風景や、庶民が交わす自然体の言葉。そのルーツを垣間見た思いがする▼私たちがつづる“人間革命のドラマ”もまた、その舞台は“どこか特別な場所”ではない。地道な信仰を重ねる、平凡にしてかけがえのない、きょう一日から生まれゆく▼池田先生は「今いる場所で、友のために心を配り、行動する日常の戦いのなかにこそ、理想の世界は築かれていく」とつづる。誰も見ていなくとも、日々、自他共の幸福のために祈り、尽くしていく。その時、目の前に、足元に、わが使命の舞台は大きく広がっている。(値)