〈社会・文化〉 見直し議論始まるエネルギー基本計画 松久保肇2024年4月2日

  • 電源の脱炭素化がCO2削減のカギ
  • 世界の大勢は再エネ・省エネ
  • 原発の実力、白紙で検討を

非現実的な3倍宣言

 2023年、世界の平均気温は産業革命前に比べて1・48度上昇し、観測史上最高を記録した。日本でも猛暑、暖冬など異常気象が続いた。気候危機は私たちが直面している危機だ。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によれば、気温上昇を産業革命前比で1・5度に抑えるためには、30年までにCO2排出量をおよそ半分に、50年にはほぼゼロにする必要がある。
 今年は日本の中長期のエネルギー政策を示す「エネルギー基本計画」(エネ基)の3年に1度の見直しが行われる。日本のCO2排出の4割は発電の際に出るので、電源の脱炭素化はCO2排出量削減の鍵となる。そこで問題となるのが再エネと省エネ、そして原発だ。
 昨年末の国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)では、米英日など25カ国が50年までに原発の設備容量を現在の3倍にするという共同宣言を発表した。原発を気候変動対策に用いようというのだ。確かに原発は発電時のCO2排出は少ないが、この方針は非現実的だ。
 第一に時間だ。原発は計画から運転開始に至るまで約20年というものも珍しくない。再エネの多くが1年~数年程度で運転開始できるのに比べるとはるかに長い。その分、脱炭素は遠ざかる。
 第二にコスト高だ。米国の金融機関ラザードの分析によれば、新しく建設した原発の発電コストは太陽光発電の3倍となっている。最近発表された英国の新設原発の建設費は1基当たり3兆円を超える。かつては数千億円が相場だった。結果、事業の採算が合わず、事業者は投資をためらう。
 第三に3倍という目標はすでに破綻している。原発3倍宣言に参加した多くの国は、日本を含め大幅な原発増設計画を持たない。代わりに海外に原発を輸出することで、原発を増設するという。かつて日本は国内での原発新設は当面期待できないため、海外輸出で国内の原子力産業を維持するという方針を示していた。しかし、国が前面に立って進めた原発輸出はベトナム、トルコ、英国など、ことごとく失敗した。最大の要因は結局コストだった。
 近年、小型モジュール原子炉という新しいタイプの原発が喧伝されている。工場で小さな原発を大量生産することでコストを下げるというのだ。だが、これもコストという壁に直面して、米国では計画頓挫に至った。

昨年、ドバイで開催された国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(EPA時事)

昨年、ドバイで開催された国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(EPA時事)

 
地震活動の活発な日本

 ところでCOP28では120カ国以上が賛同した、30年までに世界の再生可能エネルギーの設備容量を3倍、エネルギー効率改善率を2倍にするという宣言も発表された。注目したいのは原発3倍宣言の50年という目標との時間軸の違いだ。世界の大勢は再エネや省エネこそが脱炭素の本筋で、原発は横道に過ぎないことを見据えている。
 日本には特有の問題もある。日本は四つのプレートが重なる場所にあり、地震活動が極めて活発なのだ。13年前の東日本大震災、この元日にも能登半島地震が発生し、多くの方が犠牲になった。
 13年前には東京電力福島第一原発事故が起きた。大量の放射性物質が放出され、今なお数万人が避難生活を送る。能登半島地震では多くの道路が地震によって通行不可能となった。港も場所によっては数メートルも隆起して使えなくなった。数多くの住戸が全半壊となった。そのような状況で原発事故が発生したらどうなっていたか。放射性物質の放出が迫る中、避難も屋内退避もできずに、住民が大量被ばくする可能性は十分にある。
 原発再稼働で電気料金が安くなるという主張がある。確かに再稼働した関西電力や九州電力の電気料金は比較的安い。だが、同じく再稼働した四国電力の電気料金は他電力と同程度だ。また原発再稼働を見込んでいるいくつかの電力会社の資料を分析すると、原発再稼働による値下げ効果は1世帯当たり月にして100~200円程度に過ぎない。
 そして稼働していない原発の維持費も巨額だ。筆者が電力会社の資料を基に行った試算では、11年度から22年度までの未稼働原発の維持費は12兆円を超える。大手電力の販売電力料収入の1割近くは未稼働原発の維持費に投じられているのだ。電力消費者はなんら価値を生み出さなかったものに対して負担を強いられている。

第6次エネルギー基本計画等を基に筆者作成

第6次エネルギー基本計画等を基に筆者作成

 
賠償の国民への転嫁も

 筆者も参加する政府の審議会では、原子力事業者のリスクの軽減のために、建設費や維持費、事故時の損害賠償リスクを国民に転嫁する方策が必要という議論が行われている。すでに、再稼働した原発の維持費の一部が新電力を含めた電力消費者に転嫁されているが、さらに補助が必要だというのだ。
 現行の6次エネ基は原発で日本の電源構成の2割をまかなうという(30年度)。これにはおよそ30基の稼働原発が必要となる。24年3月現在、再稼働済みの原発は12基でしかない。この目標の達成は極めて厳しい。環境省の調査によれば、日本には現在の総電力供給量の最大2倍もの豊かな再エネ導入余地がある。原発から再エネに投資の舵を大きく切り替えなければならない。
 まもなくエネ基の本格的議論が始まる。このなかでは、過剰評価してきた原発の実力を白紙で検討するべきだ。原発ありきの脱炭素政策は早晩破綻する。問題は、破綻したとき、対処する時間は残されていないということだ。
 (原子力資料情報室事務局長)

 まつくぼ・はじめ 1979年、兵庫県生まれ。金融機関勤務を経て2012年から原子力資料情報室のスタッフを務める。共著に『検証 福島第一原発事故』『原発災害・避難年表』などがある。