〈教学〉 4月度「御書講義」の参考2024年3月31日

生死一大事血脈抄

御書新版1775ページ14行目~1776ページ9行目
御書全集1337ページ12行目~1338ページ2行目

 4月度「御書講義」の拝読御書は「生死一大事血脈抄」です。範囲は「総じて、日蓮が弟子檀那等……よも虚事候わじ」(御書新版1775ページ14行目~1776ページ9行目、御書全集1337ページ12行目~1338ページ2行目)です。ここでは学習の参考として、本抄の背景と大意、また、拝読範囲の理解を深める解説を掲載します。「大白蓮華」4月号と共にご活用ください。(御書講義の映像は4月8日から30日まで配信されます。「SOKAnet会員サポート」のほか、会館や個人会場、「モバイルSTB」〈インターネットを通してダウンロードが必要〉で視聴できます)

師と同じ誓願に立ち上がる

背景と大意

 本抄は、文永9年(1272年)2月11日、日蓮大聖人が51歳の時、流罪地・佐渡の塚原で著されました。「生死一大事血脈」について質問した最蓮房への御返事と伝えられています。
 最蓮房について、詳しいことは分かっていませんが、天台宗の学僧であり、何らかの事情があって流罪された佐渡の地で、大聖人に帰依したと考えられます。
 題号にある「生死一大事」とは、生死を繰り返す生命において根本の大事。「血脈」とは、親から子へ血筋が受け継がれるように、法が仏から衆生へ伝えられていくことを意味します。
 大聖人は本抄の冒頭で、「生死一大事の血脈」とは「妙法蓮華経」であると結論を示されます。「妙法蓮華経」こそ、釈迦仏・多宝仏から上行菩薩に付嘱された根本の法であるからです。
 さらに、衆生が生死一大事の血脈を継承するための肝要について、3点述べられています。
 第一に、仏と法と衆生の生命に違いがないと信じ、題目を唱えること。第二に、三世にわたって妙法を受持し抜くこと。第三に、異体同心の団結で南無妙法蓮華経と唱え抜くことです。
 続いて、困難と戦っていたであろう最蓮房に対し、三世の絆で結ばれた師弟の宿縁の深さを強調されます。
 末尾には、いよいよ強盛な信心を奮い起こすよう励まし、「信心の血脈」がなければ法華経を持ったとしても意味がないことを断言され、本抄を結ばれています。

正しい生命観が幸福開く

 「生死」をどう捉えていくか――宗教にとって根幹ともいえるテーマに対し、仏法では三世の生命観を説きます。
 日蓮大聖人は、「生死」についての「根本の重要事」を説いた本抄で、次のように示されています。
 「天地・陰陽、日月・五星、地獄から仏果に至るまで、生死の二法でないものはない。このように、生死もただ妙法蓮華経の生死なのです」(新1774・全1336、通解)
 生も死も三世の生命に具わる変化の姿であり、「生」は生命が顕在化している状態、「死」は冥伏し潜在化している状態のことです。仏の智慧から見れば、生命は過去から現在、そして未来に向かって、生死のリズムを永遠に繰り返しているのです。
 一方、三世の生命観が分からない衆生は、死を忌み嫌い、今世の生だけに執着して苦悩します。いわば「迷いの生死」に陥ってしまうのです。
 大切なことは、南無妙法蓮華経の実践によって、自身の仏界を開いていくことです。そうすれば、現在の「生」を最高に輝かせることができます。
 また、妙法を持つ人の生命は、「死」によって大宇宙と一体となり、再び大宇宙の無限の生命力を体現し、生となって顕在化します。ゆえに、「妙法蓮華経の生死」の法理を確信すれば、死をむやみに恐れることはないのです。
 「生死一大事の血脈とは、いわゆる妙法蓮華経これなり」(新1774・全1336)――本抄の冒頭の一節に仰せの通り、妙法こそ、生死の苦悩を乗り越え、三世にわたる幸福境涯を開くカギなのです。

異体同心こそ広布の要諦

 日蓮大聖人は拝読範囲で、「異体同心」で南無妙法蓮華経と唱え抜くことこそ、広宣流布の大願を成就する要諦であると断言されています。
 異体同心の「異体」とは、一人一人の姿形や持ち味、立場などが異なること。その上で「同心」とは、目的観や志を同じくすることです。
 つまり、「異体同心」とは、個性を持つ各人を最大に尊重しながら、共通の目的に向かって心を合わせて団結していくことです。
 大聖人が示された異体同心の精神は、今、創価学会に受け継がれています。
 学会では草創以来、会員同士が互いの幸福を祈り、励まし合いながら、広宣流布という大目的の実現へ前進してきました。
 「どんな人にも分け隔てなく、温かく接しよう」「同志と仲良く、広布に前進していこう」と決意し、実践することで、わが境涯が仏の大願と合致し、大きく広がっていきます。それぞれの人が自分らしく輝き、使命を果たしていくことで、広布の勢いもまた加速していくのです。
 池田先生は、「広布の誓願に向かって異体同心で進む学会だからこそ、一人一人が人間革命できるのです。そして、人々が希求してやまなかった恒久平和への連帯を創り広げながら、やがては国土、そして全人類の宿命の転換をも可能にしていくのです」と。
 分断と対立が深まる現代にあって、あらゆる差異を超え、人と人とを結ぶ創価の連帯は、世界中で存在感を増しています。どこまでも学会と共に歩み抜き、自他共の幸福を実現していきましょう。

不屈の“真実の弟子”に

 「日本国の一切衆生に法華経を信ぜしめて、仏に成る血脈を継がしめん」(新1776・全1337)――あらゆる法難を勝ち越え、日蓮大聖人は広宣流布の誓願に尊き生涯をささげられました。
 流罪地の佐渡における大聖人は罪人の身であり、念仏者らから命をも狙われる状況でした。大聖人の弟子となったことで、最蓮房もまた何らかの圧迫に遭っていたようです。それでも決して屈しなかった最蓮房を、大聖人は「真金の人」と称賛されました。苦難に襲われようとも、師と共に広布のために戦い抜いてこそ、真金の人、すなわち“真実の弟子”なのです。
 さらに大聖人は、「あなたは過去世の縁のゆえに、今世で日蓮の弟子になったのでしょうか」(新1776・全1338、通解)と、深遠な師弟の縁について教えられています。
 弟子が師と同じ誓願に立ち上がり、自他共の幸福に生き抜く――その時、師弟は一体となり、三世の広布旅を歩んでいくことができるのです。
 池田先生は本抄について、「師弟の絆は今世だけでなく、生々世々、常に一緒であり、なおかつ、絶えず、共に民衆を救う行動を貫いていくという法華経の崇高な精神の真髄が示されています。師と弟子が、いかなる場所をも仏国土へと変えるため、また全民衆の宿命転換のために戦っていく。そのことは、久遠(遠い昔)からの約束であり、自らの誓願にほかなりません」と講義しています。
 私たちも、広布の師匠と共に歩めることに無上の喜びを感じ、日々の学会活動に前進していきましょう。