〈オピニオン〉 国家戦略を転換した北朝鮮2024年3月4日

  • 外交ルートの確立が急務
  • 国連安全保障理事会「北朝鮮制裁委員会」元専門家パネル委員 古川勝久氏

 昨年末、北朝鮮の金正恩総書記は演説の中で、韓国を統一の対象ではなく、敵対的な国家に位置付けることを表明しました。北朝鮮が韓国との対決姿勢を強める背景とは何か。朝鮮半島危機を回避し、東アジア地域を安定化させるため、日本及び国際社会は、どう対処するべきなのか。国連安全保障理事会「北朝鮮制裁委員会」の専門家パネル委員を務めた古川勝久氏に考察してもらいました。

ロシアに軍事物資供与

 北朝鮮の北東部を流れる豆満江沿いの羅先特別市は、中国の琿春市とロシアのハサン市の川向かいにあり、両国との国境沿いにある。日本海にも面する同市は、海外資本に開かれた特区として知られており、北朝鮮の経済的な重要拠点だが、今や北朝鮮最大の兵器密輸拠点でもある。
 米政府や韓国政府によると、2023年9月から24年2月の間、北朝鮮からロシアに密輸された兵器積載コンテナ数は延べ1万台以上に上るという。北朝鮮は主に152ミリ砲と122ミリ砲の砲弾をロシアに供与したと見られており、その数は推計270万~300万発以上にも上る。昨年のロシア国内の砲弾生産数の推計約180万発を優に超える。
  
 北朝鮮の砲弾供与は、ウクライナでの戦局に大きな影響を与えた。23年夏、ロシア軍の砲弾の1日当たり使用数は約5000発だったが、対するウクライナ軍は約7000発と上回っていた。だが、24年2月半ばまでに形勢は逆転し、ウクライナ軍の砲弾使用数は1日当たり約2000発にまで大幅に減少した。対するロシア軍は連日約1万発以上もの砲弾を発射し、戦場の主導権を取り戻した。今やウクライナ軍は圧倒的な劣勢である。
 北朝鮮はロシア軍の攻撃力復活に不可欠の役割を果たした。現在も貨物船団は北朝鮮とロシアの間を往復しており、兵器輸送が継続中と見られる。北朝鮮の兵器拡散は国際秩序の根幹を揺るがしている。

昨年9月、ロシア極東アムール州のボストーチヌイ宇宙基地で会談する、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記(左から2人目)とロシアのプーチン大統領(右から2人目)=EPA時事

昨年9月、ロシア極東アムール州のボストーチヌイ宇宙基地で会談する、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記(左から2人目)とロシアのプーチン大統領(右から2人目)=EPA時事

韓国を「第一の敵国」に

 「朝鮮民主主義人民共和国に対する米国の常習的な敵対行為は(中略)明らかに実力行使の段階にまで進展しており、実際の軍事行動につながり、双方の軍の間で衝突を引き起こす可能性があります」
  
 2023年12月末に平壌で開催された朝鮮労働党中央委員会第8期第9回総会の拡大会議の施政演説で金正恩総書記はこう米国に警告した。米国の「敵対行為」とは、米韓合同軍事演習や日米韓合同軍事演習など、米国中心の同盟システム強化を目指す一連の動きを指す。
 近年の金正恩氏の一連の演説や、北朝鮮のメディアや外務省等の発表を分析すると、北朝鮮指導部は米韓に攻撃される危険性を従来以上に強く意識している様子がうかがわれる。近年の北朝鮮の目覚ましい核・ミサイル戦力の増強ぶりは、北朝鮮指導部の米国と同盟国からの攻撃に対する恐怖心の裏返しでもある。
  
 19年、金正恩氏は米国・韓国との関係正常化を目指したが、もはやその彼はいない。今や金氏は米国と同盟国の韓国を「敵」と位置付け、韓国を戦時には占領・平定すべき「第一の敵対国家」で、核攻撃の対象国と見なす。
 彼の世界観は19年2月、ベトナムのハノイで開催した第2回米朝首脳会談が決裂した後、大きく変わった。後に金氏がトランプ米大統領(当時)宛てに送った書簡には、指導者の尊厳を傷つけられた彼のトラウマがにじみ出ている。北朝鮮国内では、対米協調路線に批判的な保守派勢力が台頭し、対米交渉派は、ほぼ解消した。
  
 20年1月から22年半ばまでの間、新型コロナウイルス感染症の世界的流行を受けて、北朝鮮が国境を封鎖した間、指導部は感染症や自然災害、経済の低迷など、さまざまな国内危機への対処に追われた。だが、コロナ禍が収束すると、北朝鮮は国難を独力で乗り切ったと自画自賛のプロパガンダを喧伝した。そこには、米国抜きでも自力で発展できるとの自信が満ちあふれている。
 対外政策では、21年半ば頃から北朝鮮はさまざまな国際問題で、米国に対峙する中国やロシアの立場を支持し始めた。同9月の最高人民会議の施政演説で金正恩氏が初めて「新冷戦」に言及した頃から、北朝鮮は反米姿勢を鮮明化した。22年2月のロシアによるウクライナ侵略開始の後、北朝鮮はロシアを全面支持し、今や反米陣営の重要な一翼を担う。北朝鮮の対ロシア軍事支援は、米国との決別宣言でもある。北朝鮮にはロシア・中国との協力を深め、グローバルサウス(新興・途上国)との交易も復活できれば、西側陣営主導の制裁網を無害化できるとの計算もあろう。
  
 金正恩氏の世界観は五つの要因により抜本的に変化した。①対米関係正常化の困難さと失敗体験からくるトラウマ②米国の相対的国力の低下と中国の台頭③自力でコロナ禍の国家的危機を脱出した成功体験と自信④自国の軍事力に対する(過大な)自信⑤ロシア中心の反米陣営形成。予見しうる限り、これらは不可逆的な変化で、もはや北朝鮮には非核化や対米関係正常化のインセンティブ(誘因)がない。
 むしろ金氏は米韓との軍事衝突への備えを本格化させている。経済活動の中央集権化を進めて、軍事産業中心の中央集権的な国家経済体制へ回帰する兆しが濃厚だ。父・金正日氏の「先軍思想(全てにおいて軍事を優先する指導理念)」が復活しつつある。こうなれば、米国や韓国との対決はより決定的となろう。

北朝鮮からロシアへの弾道ミサイル供与について会見する米国家安全保障会議のカービー戦略広報調整官(1月4日、ワシントンで)=AFP時事

北朝鮮からロシアへの弾道ミサイル供与について会見する米国家安全保障会議のカービー戦略広報調整官(1月4日、ワシントンで)=AFP時事

危機回避の対話優先を

 朝鮮半島には静かに、だが確実に新しい危機が訪れている。それは現在、遠く離れたウクライナの戦場を真っ赤に燃やしている。
  
 金氏は、もし韓国軍が北朝鮮の領土・領空・領海を少しでも侵犯すれば、それを戦争挑発と見なし、圧倒的軍事力をもって撃退すると明言した。韓国と北朝鮮の間では国境線を巡る合意がなく、朝鮮半島西側の黄海海域などで両国の軍事衝突が懸念される。北朝鮮と米国・韓国の間には緊急時のホットラインがなく、偶発的な事故や衝突が誤解を招き、危機が急速に進展しかねない。朝鮮半島で有事が起きて米軍が動員されれば、日本も有事法制に基づく米軍支援のため確実に当事者となる。
  
 北朝鮮が誤った情報に基づいて危険な判断を下さないよう、日本はあらゆる外交的資源を投入して、北朝鮮との意思疎通のチャンネルを開通させるべきだ。
 残念ながら、現時点で北朝鮮と拉致問題を協議できる可能性は見えないが、今は危機管理目的の対話を優先させるべきである。
  
 また米国中心の同盟システムの結束力と強靱さに対し、北朝鮮に疑念を抱かせてはならない。日米韓安保協力の深化・制度化を急ぐべきだ。もし孤立主義派の米共和党候補が大統領になろうとも責任ある同盟政策をとるよう、韓国・オーストラリア等と共に辛抱強い働きかけをすぐに開始するべきだ。
 もし米国と同盟国が支援するウクライナが、北朝鮮の協力するロシアに屈服すれば、金氏は自身の反米戦略への自信をより一層強めよう。北朝鮮が米国を軽んじてハイリスクな行動を志向しないよう、ウクライナ支援の強化と対ロシア制裁の大幅強化も急ぐべきだ。
  
 ウクライナ情勢が朝鮮半島情勢と直結する現実、そして朝鮮半島の新たな危機をしっかりと認識する必要がある。

 〈プロフィル〉
 ふるかわ・かつひさ 1966年、シンガポール生まれ。米ハーバード大学ケネディ行政大学院を修了後、政策研究大学院大学で博士号を取得。専門は国際関係論、安全保障、テロ対策など。アメリカン・エンタープライズ政策研究所、米外交問題評議会の研究員等を歴任。2011~16年、国連「北朝鮮制裁委員会」の専門家パネル委員を務めた後、オーストリア・ウィーンの研究機関に勤務した。著書に『北朝鮮 核の資金源 「国連捜査」秘録』。