〈スタートライン〉 作家 東川篤哉さん2024年3月3日

  • 「博士はオカルトを信じない」を発刊
  • このミステリーが読書の入り口に。それが僕の恩返し

 累計400万部を超える『謎解きはディナーのあとで』シリーズの著者である東川篤哉さん。ミステリーの中にコミカルな要素がたっぷり入った「ユーモアミステリー」の作風が、読者の心をつかんできました。最新作『博士はオカルトを信じない』(ポプラ社)を発刊した東川さんに、作品への思いを語ってもらいました。

 ――今作はオカルト好きな男子中学生が、自称・天才発明家の女性博士と一緒にさまざまな超常現象のトリックを見破り、難事件を解決していくストーリーです。
     
 今回、ポプラ社さんから出版のお話をいただいたので、ぜひ、子どもたちに読まれるものを書きたいと思いました。なので、今まで書いた作品の中で一番、主人公の年代が若くなっています。
 
 まずは書店に出向き、児童書の棚を見てみました。気づいたのは、オカルトを題材にした作品が多いこと。子どもってオカルトが好きなんですね。だからオカルト要素をベースに全体を構想しました。
 
 次に、オカルトの対極は科学ということで、探偵役を自称・天才博士に。彼女の発明品は一見、ストーリーに関係なさそうな変なものばかりなんですが、これがいざという時に、しっかり事件を解決に導いてくれる。そこは一応、名探偵。そのあたりも10代の読者に楽しんでもらえたらうれしいです。
 
 僕は小学生の頃に『名探偵ホームズ』シリーズや『怪盗ルパン』シリーズなど、小学生向けに出版された作品に親しみ、ミステリーのファンになりました。そういった作品を入り口にして、ミステリーになじんでいった人は多いと思う。
 
 だから僕もそういう作品を書いて、若い人たちに読んでもらいたいし、そこから本格ミステリーのファンも増えていってほしいと願っています。
 
 ただ今回、子ども向けだからと、自分なりに今までと少し違うように書こうと意識はしましたが、いざ書いてみると普段とあまり変わらなかったですね(笑)。

作品のタイトルを決める際に案を書き出したメモ。下線を引いたのが今作のタイトル。「この言葉が一番しっくりきました」と東川さん

作品のタイトルを決める際に案を書き出したメモ。下線を引いたのが今作のタイトル。「この言葉が一番しっくりきました」と東川さん

隙あらばギャグを

 ――子どもだけでなく大人も楽しめる作品なのですね。東川さんといえば「ユーモアミステリー」ですが、なぜミステリーにユーモアを?
     
 シリアスな場面がずっと続くと、自分でも書いててしんどくなるんです。“これ面白いのかな”“読者も退屈するんじゃないか”って。それで、いろいろな場面をどうやったらユーモラスに描けるか、いつも考えてるんです。どんなシリアスなシーンでも隙あらばギャグっぽいことを盛り込むようにしています(笑)。
 
 ユーモアの味付けをする作家はいらっしゃいますが、僕ほど振り切って書く人はいないかもしれない。ミステリー作家として珍しい立ち位置だろうし、それが希少価値になっている気はします。
 
 もちろん作家としての生命線は、本格ミステリーとしての水準を維持すること。でないと読者から見捨てられます。一定の水準を保ちながらも、ギャグでふざけ倒す。そこから親しみが湧いて、ストーリーに入り込んでもらえたらありがたいです。
     
 ――ミステリーの肝であるトリックは、どんなときに思い付くのですか?
     
 街を歩いていたり、テレビを見ていたりしたときの、日常的な気づきですね。それをとりあえずメモしてためておいて、新しい作品を書くときに、“これ使えるかな?”って練ります。10年くらい前のメモが使えるときもあります。
 
 実はミステリーのトリックって、全く新しいものを生み出すことはほとんどなく、おなじみの手口みたいなものがあって、それをアレンジして、新しいものに見せる。それが腕の見せどころなんです。
 
 でもトリックは実際にできるかどうかよりも、頭の中でイメージできるかが大事なんです。本当にできるかといったら……ほとんどできないと思いますよ(笑)。

背伸びするくらいがいい

 ――最近は、本を読まない人が増えているといわれます。読書の楽しさを感じるにはどうすれば?
     
 確かに近年、本を売る環境のほうも変わっていますよね。書店に並ぶ本が明らかに減っているように見えます。また、スマホの普及も大きいのでしょう。最近は割とショートショートが読まれるようで、そのこと自体は歓迎です。でもその理由が、長編を読むのがしんどくて、読む力が弱くなってきているのだとしたら心配です。
 
 僕は中学生の頃、横溝正史やアガサ・クリスティなどを読んでいました。中学生が読むには、ちょっと難しい。実際、分からなかった部分もあったと思う。大人になってから読んだほうが断然、理解できて楽しめるのは確かなんですが、そのちょっと背伸びした感じが良かったんじゃないかなあ。100%理解できなくても、何か面白いって感じる、その経験が大事だと思うんです。
 
 あとは、誰か一人、お気に入りの作家ができるといいですね。そこから読書の幅が広がっていく。特にミステリーはその傾向が強いです。何か一つ作品を読んで、その作家を好きになったら、別の作品を読んだり、似たタイプの他の作家の本も読んだりしてみようって、自然とそうなると思います。
 
 今回の僕の作品が、書店や図書館に並ぶことで、初めてミステリーに触れ、面白さを味わう入門編みたいになればな、と。そして“自分も読めた! 楽しめた!”という達成感をつかんでもらえたらいいですね。それが僕にとってミステリーへの恩返しかもしれません。

『博士はオカルトを信じない』(ポプラ社)

『博士はオカルトを信じない』(ポプラ社)

〈あらすじ〉
 私立探偵の両親を持つ中学2年生の丘晴人。オカルト好きな晴人は、両親を手伝う中で、怪奇現象と思えるような不思議な事件に遭遇する。“幽霊がやったとしか思えない”――解決の糸口を見いだすため、晴人は謎の発明をする自称・天才発明家の女性博士を訪ねる。異色のコンビが難解な事件に挑む、ユーモアミステリー。

●プロフィル

 ひがしがわ・とくや 1968年、広島県生まれ。2002年、カッパ・ノベルス新人発掘プロジェクトで長編デビュー。11年、『謎解きはディナーのあとで』で第8回本屋大賞を受賞。累計400万部を超えるベストセラーとなった。ユーモアミステリーの作風が、幅広い世代から愛されている。著書に、『放課後はミステリーとともに』『君に読ませたいミステリがあるんだ』など。

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