〈文化〉 音楽は人と人をつなぐ、心を結ぶ 第22回「齋藤秀雄メモリアル基金賞」贈賞式から2024年2月29日

チェロ部門の受賞者・上村文乃さん

チェロ部門の受賞者・上村文乃さん

指揮部門の受賞者・杉山洋一さん

指揮部門の受賞者・杉山洋一さん

 音楽芸術文化の発展に貢献し、今後、一層の活躍に期待が寄せられる若手チェリスト、指揮者を顕彰する「齋藤秀雄メモリアル基金賞」の受賞者が今月6日に発表され、贈賞式が同日、都内で行われた。
 同賞は、チェリスト・指揮者・教育者だった故・齋藤秀雄氏にちなみ、公益財団法人ソニー音楽財団によって2002年に創設。指揮者の小澤征爾さんが選考委員・名誉顧問を務めた。
 第22回の今回は、上村文乃さん(チェロ部門)、杉山洋一さん(指揮部門)が受賞した。
 上村さんはモダンチェロの演奏にとどまらず、ピリオド楽器(古楽器)を用いた歴史的奏法にも取り組み活躍する。杉山さんは“演奏家をつなぐ触媒となり、利他の心を礎とする指揮活動は音楽界に確かな地殻変動を起こしつつある”と評された。
 贈賞式では、日本を代表するチェリストで同賞の永久選考委員を務める堤剛さんらから祝福の言葉が贈られた。

永久選考委員を務めるチェリストの堤剛さんらが登壇し祝福した=ソニー音楽財団提供

永久選考委員を務めるチェリストの堤剛さんらが登壇し祝福した=ソニー音楽財団提供

◆“生きた芸術”を分かち合いたい(チェリスト/上村文乃さん)

 「音楽をする喜びが体から自然にあふれていて、音を出す前から“新しいことを起こしてくれるんじゃないか”と期待を感じさせてくれる。そんな存在感と雰囲気がある」
 選考委員の堤剛さんは、贈賞式でドイツ語の「ムジツィーレン」という言葉を通して上村さんの今後の音楽活動に期待を寄せた。「ムジツィーレン」は「音楽」の動詞形。あえて日本語にすれば「音楽をする」「音楽を奏でる」になる。
 「音を出すこと」と「音楽をすること」は違う。前者は自己表現。後者は作曲家の思いを伝える橋渡し。二つが異なることを演奏家は感じることが大切と上村さんはいう。どちらが突出しても、エゴイスティック(利己的、自分本位)な自己主張か、音楽を利用した身勝手な表現になってしまうからだ。
 「音楽を成立させているハーモニーの輪をつなぐ時も、それではうまくいきません。チェロは旋律楽器でなく伴奏楽器として発達しました。ハーモニーを奏でる時、低音を弾くチェロは土台の存在。縁の下の力持ちでありたいと思っています。とともに、作曲家がゼロから作り上げた作品への敬意をもって演奏することが大切です」
 バッハ・コレギウム・ジャパンのメンバーとして演奏するなど、古楽でも活躍。
 「歌手に合わせる“レチタティーヴォ”というパートがあります(朗読に伴奏が付いたような曲。オペラなどで歌や合唱の間に演奏される)。昔から、歌手は自分自身が楽器になりたいと思い、楽器の奏者は歌うように演奏したいと常に願っているといわれます。私も歌うように演奏したいと思っています」
 “生きた芸術”を多くの人と分かち合い、楽しんでもらいたい――。その思いで、多岐にわたる演奏活動に取り組む。「自分が信じた道を進んでいくことで、自分と同じ時代に生きる人に幸せな時間を贈ることができるのではないか。これからも、そう強く信じながら演奏活動を続けていきたいと思います」
 目標とするのは「社会に貢献できるような音楽家」だという。
 「音楽が人と人を結ぶコミュニケーションの一つになり、音楽があることで人は豊かになる、音楽は必要不可欠な存在だと定義されるような社会づくりの一端が担える音楽家を目指していきます」

▼プロフィル

チェロ部門の受賞者・上村文乃さん

チェロ部門の受賞者・上村文乃さん

贈賞式でカサド作曲「無伴奏チェロ組曲 第3楽章より」の演奏を披露する上村さん=ソニー音楽財団提供

贈賞式でカサド作曲「無伴奏チェロ組曲 第3楽章より」の演奏を披露する上村さん=ソニー音楽財団提供

 かみむら・あやの 6歳からチェロを始める。ハンブルク音楽演劇大学、バーゼル音楽院、スコラカントゥルムバーゼル(古楽科)で学ぶ。ルーマニア国際音楽コンクール弦楽器部門第1位、イタリアトレヴィーゾ国際音楽コンクールで優勝。インディアナポリス国際バロックコンクール優勝。

◆“人間性が核となる時代”へ(指揮者・作曲家/杉山洋一さん)

 「音楽は、人と人をつなぐもの。以前から、そう思ってきました」
 人が人を信じることによって生じ、人が人と触れ合うところに生まれるもの。人と人がつながった時に生じるエネルギーから立ち上る、言葉では表現できない何か。
 「それが音楽ではないかと僕は思うのです。音楽とは、人と人がつながった時に、お互いを感じ合って生まれてくるものだと」
 指揮者として特に現代音楽の分野で活躍。さらに、桐朋学園大学で三善晃氏に師事した作曲、高橋悠治作品演奏会をはじめとするプロデュースなど、ミラノを拠点にする杉山さんの活動は幅広い。
 選考委員は杉山さんへの贈賞に当たり、「同じ時代を生きる作曲家や演奏家への『献身』が、指揮も、作曲も……という全方位的な活動の礎になっている」「商業主義全盛の今の時代において、極めて稀な自由を携えている人」と述べ、「『人間性』こそが、これからの時代のクラシックの『核』となる」というメッセージを込めたとしている。
 「指揮もその一つですが、自分では演奏をしない役柄が僕は多い」。指揮者も作曲家もプロデューサーも、自分では音を出さない。音楽を作るわけでもない。「自分にできるのは人と人をつなぐ役目しかないと思っています」
 ミラノのクラウディオ・アバド音楽院で教える教育者でもある。若い世代と接する時もスタンスは、ほぼ同じだという。「いくら自分の中で素晴らしい音が鳴っていても、自分の中だけで完結させるのではなく、あえて自分の外に置いて誰かが共有できるようにする。そうすれば、その人に通じます。そういう話は事あるごとにしています」
 このような理解に至ったのは、技術や技巧を伝えて「音楽というのはこういうものだ」と示すのでなく、「人間としてどう生きていかなければいけないか」ということを根底に音楽の道を導き、歩みを支えてくれたから、と周囲に感謝する。
 「齋藤秀雄先生の薫陶をじかに受けた先生方に幼い頃から教えていただき、折に触れて話してくださった齋藤先生の言葉、教育理念、音楽家としての姿勢が自分の中に根付いていることを、改めて実感しています。これからは自分でも伝えていってくれよという励ましと受け止めて、精進を重ねていきます」

▼プロフィル

 すぎやま・よういち 指揮者として日欧各地のオーケストラ、アンサンブルと共演。作曲家としてミラノやベネチアの芸術祭をはじめ国内外のアーティストから多くの委嘱を。高橋悠治作品演奏会などの企画に携わり指揮も。芸術選奨文部科学大臣新人賞、作曲家として佐治敬三賞、一柳慧コンテンポラリー賞。

贈賞式で謝辞を述べる杉山さん。国内外での指揮・作曲・プロデュースなど活動範囲は広い=ソニー音楽財団提供

贈賞式で謝辞を述べる杉山さん。国内外での指揮・作曲・プロデュースなど活動範囲は広い=ソニー音楽財団提供