〈いのちの賛歌 心に刻む一節〉 テーマ:生死と向き合う2024年2月27日

 企画「いのちの賛歌 心に刻む一節」では、御聖訓を胸に、宿命に立ち向かってきた創価学会員の体験を紹介するとともに、池田先生の指導を掲載する。今回は「生死と向き合う」がテーマ。岡山県玉野市の女性部員に話を聞いた。

御文

 法華経を信ずる人は冬のごとし。冬は必ず春となる。いまだ昔よりきかずみず、冬の秋とかえれることを。いまだきかず、法華経を信ずる人の凡夫となることを。(妙一尼御前御消息、新1696・全1253)

通解

 法華経を信じる人は冬のようなものである。冬は必ず春となる。昔から今まで、聞いたことも見たこともない、冬が秋に戻るということを。(同じように)今まで聞いたことがない、法華経を信じる人が仏になれず、凡夫のままでいることを。

お母さん、がんばるで!

わが子の分まで広布に生きる

 浦川章子さん(59)=圏総合女性部長=が、2006年(平成18年)9月、長男・拓くんの9歳の誕生日にプレゼントしたのは、夫・龍二さん(60)=壮年部員=と選んだ天体望遠鏡。しかし拓くんは、その箱を一度も開けることなく、突然この世を去った。
       ◇
 長女・優さん(28)=副白ゆり長=と拓くんが幼い頃、浦川さんは創価学会の会合に、よく2人の子を連れて行った。帰宅の道すがら、日が落ちた空を親子で見上げ、一緒に星を数えた思い出は今も鮮やかだ。
 「活発なお姉ちゃんとは違って、たっくんは、おとなしい子でした。私と星空を眺めている時は、いつも瞳をキラキラさせていて」
 仲良く育ったきょうだい。拓くんは小学校でも、たくさんの友人に恵まれた。
 子どもたちに留守番をお願いして浦川さんが出かける時、拓くんはいつも、「お母さん、気を付けてね!」と、かわいい笑顔で見送ってくれた。風邪で寝込んでいると、リンゴの皮をむいてくれたことも。「ほとんど自分で食べちゃうんですが」。浦川さんは、ほほ笑む。
 小学3年生になった拓くんに、誕生日に欲しいものを聞くと「天体望遠鏡!」とニコリ。「また一緒に星を見ようね」。そう言って渡したものの、日々の忙しなさに、なかなか約束を果たせずにいた。
 誕生日から1カ月が過ぎた10月のある日、拓くんが急に体調を崩した。「風邪かな」。学校を休ませて看病していたが、苦しそうに、せき込み、嘔吐を繰り返した。
 寝込む拓くんを病院に運ぶため、仕事中の夫に電話。急いで帰宅した龍二さんと、拓くんの様子を見に行くと、すでに意識がなかった。
 ――救急搬送された病院では、懸命な救命処置がされた。家族はそばで祈った。しかし医師は、「お母さん、残念ながら、お子さまはもう……」。何が起きたのか、全く理解できなかった。浦川さんは、体温が残る拓くんの体を抱き締めて、泣いた。
 「葬儀を終えても、現実味がなくて」。家にいると、どこからか「ただいま!」と拓くんの元気な声が聞こえる気がした。
 “もっと早く病院に行っていれば”“成長する姿を見たかった”――。自責の念。喪失感。御本尊の前に座っても声が出ない。大好きだった学会活動にも力が入らない。
 人前では涙をこらえたが、毎晩、布団の上でおえつした。
 “なぜ息子が亡くなったのか”“その意味は”。渦巻く思いを、婦人部(当時)の先輩にぶつけた。「広布のために、戦って戦って、戦い抜けば、いつか必ず分かる時が来るのよ」。優しく語る先輩も、かつて家族を失う悲哀を経験していた。
 「すぐに答えを出さなくていい。そう思えた時、ふっと心が軽くなったんです」
 それでも、道端で拓くんと同年代の子を見ると、胸が苦しくなった。一緒に見上げた星空。つないだ手のぬくもり。思い返せば涙があふれた。
 苦悩の中で何度も拝した、「冬は必ず春となる」(新1696・全1253)との御書の一節。“たっくんの分まで広布に生き、親子一体の生命で功徳を積んで、幸福境涯を開くんだ”。励まし合ってきた夫も、同じ思いだった。
 しんしんと積み重なる祈りが、心を奮い立たせる。
 “私が元気に学会活動する姿を、たっくんは、きっと見ている。支えてくれた池田先生と同志に、恩を返そう”。友に仏法を語り、同志の励ましに歩くようになった。
 「“今”があるのは、当たり前じゃない。そのことを息子から教えてもらった気がして。だからこそ、後ろを振り返るのではなく、目の前の“今”に全力を注ぐと決めたんです」
 拓くんの生命と、二人三脚の歩み。「お母さん、がんばるで!」。御本尊への祈りに決意を込めて、浦川さんは、今日も顔を上げる。

 拓くんが亡くなってしばらく、浦川さんの車の後部座席には、黄色いクマのぬいぐるみが座っていた。「たっくんの代わりに」。一日一日、祈り、ただ懸命に生きた。
 そのぬいぐるみは今、自宅の玄関に置いてある。
 “たっくんなら、学会活動に励む私のことを「いってらっしゃい!」と笑顔で送り出してくれるはず”――そう思えるようになったからだという。
 悲しみは消えない。喪失感は今も抱えている。
 「それでもいいのかなって、思います。きれいな進み方ではない。でこぼこかもしれません。だけど、冬が秋に戻ることはないように、私たち家族は題目を唱えながら、確実に前へ進んでいます。“幸せな人生だった”と心から言えるような、希望の春に向かって」
 これまで浦川さんは、自らの体験を語り、8人を入会に導く中で、拓くんとの生命の絆を強めてきた。
 池田先生は教えている。
 「大事なことは、ともかく『軌道』を離れないことである。忍耐強く、励まし合いながら、『仏の道』を歩み続けることである」(池田大作先生の指導選集〈上〉『幸福への指針』)
 2年前、浦川さんは、細菌が増殖して炎症を起こす蜂窩織炎を足に発症。そのまま感染数値が下がらなければ「右足は切断と診断されて」。懸命に祈り、5度の手術を乗り越えて切断を免れた。
 この間、浦川さんの母親は脳梗塞を発症して要介護者に。家族で力を合わせて支えた母親は、昨年10月、周囲に感謝しながら安らかに息を引き取った。
 「人生は試練の連続。けれど、何があっても負けません。私には信心があるので」
 どんな時も励まし合ってきた“戦友”である夫。池田華陽会の総県委員長として、後継の道を歩む長女。
 和楽の家族の心の中で、拓くんはきっと、幸せそうに笑っているに違いない。

[教学コンパス]

 イギリスのある批評家は、現代に顕著な風潮として「不安と冷笑主義」を挙げている。
 不条理なことが繰り返される日常に、ややもすれば人は、「頑張っても報われない」「どうせ現実は変えられない」と悲観してしまいがちだ。転じてそれが、冷笑――現実を変えようとする理念・行動それ自体を、あざける態度につながるのではないか。人間の可能性に目を閉ざす社会病理である。
 日蓮大聖人が御在世当時の鎌倉時代。自然災害や飢餓、疫病の流行、争いなどが相次いだ。「今世では幸せになれない」。人々の心をむしばむ無力感は、救いを死後に求める、念仏思想のまん延を招く。時代を覆う思潮に応戦した大聖人は、人間の無限の可能性を説き、いかなる現実も必ず変えていけることを、身をもって示された。「冬は必ず春となる」(新1696・全1253)。その確信あふれる仰せに、古今、どれほど多くの人々が鼓舞されてきたか。「不屈の楽観主義」。時代の閉塞感を打ち破る価値創造の哲理は、いや増して光を放っている。(優)