誓願 278~279ページ 【小説「新・人間革命」】第30巻〈下〉2024年2月22日

 軍縮への流れをつくり、ソ連国内の経済再建、民主化への政治改革を打ち出したゴルバチョフは、一党独裁から複数政党制の容認、大統領制の新設など、憲法改正を行い、一九九〇年(平成二年)三月、ソ連の初代大統領に就任した。同年、その平和への偉大な貢献に対し、ノーベル平和賞が贈られた。
 ゴルバチョフは、自身が推進するペレストロイカという人類史的実験がもたらす、試練と混乱をも予測していた。
 彼は、山本伸一との最初の会見の席で、こう語っている。
 「わが国の社会は、特殊な歴史を経てきているのです。言語も約百二十もあり、民族となると、それ以上あります。大変に複雑な社会です。ペレストロイカの第一は『自由』を与えたことです。しかし、その自由をどう使うかは、これからの課題です」
 長い間、闇の中にいた人が、突然、外に出れば、太陽に目がくらむように、「自由」や「民主主義」が根差していない風土に、急に、それがもたらされていけば、人びとが戸惑うことは、当然であった。社会的にも、それぞれの勢力が、それぞれの主張をし始めるにちがいない──ゴルバチョフの、この憂慮は的中した。民族問題は各地で火を噴き、経済停滞の濃霧が行く手を塞いだ。特権の座にしがみつく官僚たちは、彼の排斥を企て、時流に乗る急進の改革者たちも、彼に非難を浴びせた。
 そのなかで、ソ連邦内に分離独立の動きが起こり、バルト三国などが、次々と独立へと走り始めた。時代は、彼の予想を超えて、激しく、奔馬のごとく揺れ動いた。
 九一年(同三年)六月、ソ連邦のロシア共和国では、選挙で急進改革派のエリツィンが大統領に就任した。
 一方、八月には、改革に反対していた保守派が軍事クーデターを起こし、ゴルバチョフは滞在先のクリミアで軟禁状態に置かれた。
 伸一は、激動する歴史の大波のなかでゴルバチョフの無事解放を祈った。