〈ライフスタイル〉 男は選べない⁉ 生き方のバリエーションを広げよう2024年2月18日

  • 【Colorful】インタビュー

大妻女子大学准教授 田中俊之さん

 ピンクのランドセルを背負う男の子やスラックスの制服を着用する女の子など、子どもたちの間ではジェンダーレス(社会的性差のない)な意識や環境が広がってきています。一方、会社に入ると、男女で区別されることが多く、自分の性別を意識せざるを得ない場面が増えます。育休の取得をはじめ、社会で直面する“男性だからこそ”の悩みや葛藤について、大妻女子大学准教授の田中俊之さんに聞きました。

■“雪だるま式”に増やさない

 ――昨年度、男性の育休取得率は、過去最高の17%でした。政府が2025年までの目標とする50%にはまだまだ開きがありますが、子育て世代の男性の意識はかなり変わってきていると感じます。男性の友人も間もなく3カ月の育休に入ります。

 私自身も、子どもが生まれた直後は大学が春休みだったので、家事や育児をして過ごしました。産後、女性の体はとてもダメージを負っているし、ホルモンバランスの急激な変化で精神的にも不安定です。妻のそばにいたからこそ、よく分かりました。

 男性の育休は、子どもとの愛着関係を築く上でも重要です。沐浴やミルク、オムツ替え、寝かし付けなど、共に過ごすことで子どもとの関係性が築かれていくと思います。父親が子どもに関わる時間が少ないと、子どもは「ママじゃなきゃダメ」となり、母親しかできないことが“雪だるま式”に増えていってしまいます。男性の育休は、産後の妻のケアのためでもあるし、母親しかできないことを増やさないためでもあると思います。

■「今は過渡期だから」

 ――子どもがいる男性で若い世代ほど、仕事時間を減らし、家事・育児時間を増やしたいと思う傾向にあることを知りました(令和5年版男女共同参画白書)。

 これらの希望をかなえるためには、職場における上司や周囲の理解、労働時間の短縮やテレワークといった多様な働き方の普及などが必要です。しかし、なかなか進んでいかない現実があります。共働きが増えた今、男性も女性も「仕事」と「家事・育児」の両立に苦しんでいます。

 そうした状況を受けて、最近よく耳にするのが「今は過渡期だから」という言葉です。簡単に言ってしまいがちですが、私は「過渡期」という言葉だけで片付けられるものではないと思います。共働きでも専業でも、子どもを育てるのは、本当に大変です。「大人があともう1人いないと回らない」と感じることが、しばしばあります。

 労働時間が短縮されたり、働き方が柔軟になったりしていけば、そうした葛藤は解消されていくでしょう。けれど、今まさに理想と現実の板挟みになっている人たちがいます。社会全体でもっとスピードを上げて、変わっていかなければなりません。

■仕事一辺倒の生き方

 ――「働く」という点で、田中さんは「日本では“男”であることと、“働く”ということの結びつきがあまりにも強すぎる」と述べられています。

 例えば、女性の従業員が「1年間の育休を取得したい」と言えば、快く送り出す職場が多いのではないでしょうか。それが男性の従業員だったら、「期間が長すぎる」「そんなに職場を離れたら戻れなくなるぞ」と小言を言われたり、白い目で見られたりすることが少なくないはずです。「育児=女性」「仕事=男性」という無意識の偏見の表れだと思います。

 日本の男性は、高校や大学を卒業したら就職するのが当たり前で、その後も辞めるという選択肢が基本的にありません。そこに対する疑問が、男性学を研究し始めた私の動機でもあります。学生の頃、「就職活動だ」と言われても全くのみ込めませんでした。

 けれど、周りの友人たちはみんながみんな、魔法にかかったように就職活動を始めました。髪を黒に染め直したり、バンドやサークル活動もしなくなったり。授業にあまり来ていなかった友人でさえです。

 必死に就職活動して無事に勤め始めたら、残業や休日出勤もいとわず、定年退職までひたすら働き続ける。“出世レース”もあるでしょう。住宅ローンや子どもの教育費も、のしかかってきます。どんなにしんどくても、家族を養うために辞められない。男性には、仕事一辺倒の生き方しか許されていなかったと言えます。

 しかし、働きすぎて体や心を壊してしまっては元も子もありません。そうならないためにも、今までの価値観を手放して、自分にとって何が幸せなのかを考え直していくことが必要だと思います。

■「草食男子」の本当の意味

 ――男性は「強さやリーダーシップ」を求められることが多いと思います。それも、しんどさにつながるのでしょうか。

 それもあると思います。以前、「草食男子」という言葉がはやりましたよね。私の友人である関西大学特任教授の深澤真紀さんが生み出したものです。今ではネガティブな使い方をされている言葉ですが、もともとは褒め言葉でした。「女性を性的な対象としてぞんざいに扱うのではなく、リスペクトして対等な関係性を結ぶ」という特徴を表現したのです。それが、「草食男子=情けない男子」と曲解されてしまった。

 この言葉がはやった当時、大学で一部の女子学生から「やっぱり私は向上心がない男の人は苦手です」という声がありました。彼女たちが言う「向上心」とは、いわゆる「競争」を指していました。ガツガツ働いて出世していく男性がいい、と。

 こうした考えを否定はしません。出世や社会的地位を望む男性も多くいます。しかし、全ての男性にそれを期待したり押し付けたりするのは違うと思います。

■正社員という“普通”

 ――「男性は競争や勝負」という考えが日本社会に浸透したのはなぜでしょうか。

 高度経済成長期が大きく影響していると思います。それまでは身分社会だったので、農家や個人商店の子どもが社会的に高い地位に就くということは、ほとんどありませんでした。

 しかし、高度経済成長期以降、日本は学歴社会になっていきました。農家の子どもでも、いい大学を出れば、エリートになれたのです。

 たとえ大学を出ていなくても、日本経済が右肩上がりで潤っていたので、全ての人がそれなりに満足できました。サラリーマンになれば一定の給料がもらえ、中小企業でも大企業でも頑張れば頑張った分、より良い生活ができた。競争のしがいがあったのです。そうした中で「正社員として働いて、一家の大黒柱になるのが“普通”」という価値観もつくられていきました。

 しかし、日本経済が停滞し始め、特に就職氷河期以降は“普通”に手が届かない人たちがかなり出てきました。団塊ジュニア世代で非正規雇用の方は、給料が上がらず自分のキャリアが積み上がっていく経験もないまま、50代を迎えています。

 理想ではなく、“普通”に手が届かないとなると、男性にとってはとてもキツイことです。

■「男性だからこそ」の固定観念

 ――その一方、社会的には男性は女性より賃金が高く、管理職に就くのは大半が男性です。そうした状況から「男性の方がげたを履いている」といわれています。

 確かに「男性の方がげたを履いている」とよく聞きます。ですが、そういわれても多くの男性は理解できないと思います。なぜなら、自分(男性)が社会の「標準」で、性別が原因で壁にぶつかった経験がないからです。

 例えば、女性はかつて、結婚するなら退職するのが当たり前とされてきました。今でも、妊娠や出産を機に辞めざるを得ない女性がいます。能力ではなく、「女性」という性別が原因で働き続けることが難しくなるのです。

 私が講演会で管理職の男性にする質問があります。「40歳でパート。年収100万です。これからスキルが身に付いたり、お金をたくさん稼げたりする当てもありません。皆さんは、どう感じますか」。
 
 すると、大抵の方が「怖い、不安だ」と答えます。私は「そういうところに女性を押し込めてきたんです」と伝えています。

 大事なことは、お互いの立場を想像することだと思います。そして、「げたを履いている」こともそうですが、一方で「仕事一辺倒の人生しか許されていないよね」など、“男性だからこそ”の固定観念を疑ってみる。その考えに苦しんでいる男性がいることにも思いを巡らす。そうすることで、男女の格差を“わがこと”として捉えられるようになっていくはずです。

■体験が自分の世界を広げる

 ――男性が人生をより楽しむために大切なことはありますか。

 多くの男性は、幼い頃から競争に打ち勝つように育てられてきたと思います。競争の良い面は、「自分はもっとできる」と高い目標を持てることです。一方で、自分の価値基準を内面ではなく、周りからの評価に置くことになりがちです。それぞれの生き方があっていいのに、役職や経歴で競い合ってしまう。

 自分の中に家事や育児、趣味など、何でもいいので仕事以外の軸を持ってみましょう。さまざまな体験が自分の世界を広げることになります。家庭について言えば、最近は「仕事ばかりしている男性はダメ、家事や育児もやる人こそ偉い」という価値基準が生まれているように思います。誰かに勝つための家事や育児ではないので、その点は気を付けたいものです。

 男性も女性も生き方のバリエーションが広がり、全ての人が自由に生きられる――それがジェンダー平等な社会です。少しでも早く実現できるよう、自分にできることから始めてみませんか。

【プロフィル】
 たなか・としゆき 1975年生まれ。大妻女子大学人間関係学部准教授。博士(社会学)。渋谷区男女平等・多様性社会推進会議委員。男性学を主な研究分野とする。『男がつらいよ――絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA)、『男子が10代のうちに考えておきたいこと』(岩波ジュニア新書)など著書多数。

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 life@seikyo-np.jp

 【編集】荒砂良子・近藤翔平 
 【田中さんの写真】本人提供
 【その他の写真、イラスト】PIXTA