【世界の創価学会の今を伝える新企画】クローズアップ 〜未来への挑戦〜 〈インド㊤〉2024年2月9日

 人類の未来を左右するいくつもの危機に直面する現代にあって、世界の創価学会員は、そうした地球的課題や社会問題にどう向き合っているのか。新企画「クローズアップ 未来への挑戦」では、同志や識者らへの取材を通し、創価の哲学と運動の価値を考えます。第1回はインド㊤。(記事=小野顕一、写真=笹山泰弘)

 取材でインドを訪れたのは昨年5月。首都ニューデリーの気温は連日の42度超え。危険な暑さを考慮し、移動先も制限された。
 
 仏教発祥の時代から猛暑は変わらないのだろう。仏典に、悩みを「熱悩」、悟りの境地を「清涼」と例えるのもうなずける。
 

 「前の年よりは、まだ涼しいですよ」と現地の人が教えてくれた。特に一昨年は、過去100年で最も厳しい酷暑だった。エアコン普及率はまだ低く、熱波の影響で犠牲者は数百人に上った。
 
 取材でも、近年の異常気象への不安を多く耳にした。昨年は、雨が降らないはずの乾期に大雨が降り続いた一方、8月が今世紀で最も乾燥した月となった。その後、「地球沸騰化」との警告が発せられたが、取材で知り合った人は「これからどれだけ暑くなるか、想像したくもない。近い将来、本当に住めなくなる」と漏らしていた。
 

 隣国のパキスタンは、一昨年の大洪水で国土の3分の1が水没した。雨量の増加や氷河の融解に、気候変動の影響が指摘されている。
 
 国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が、地球温暖化の原因は人間の活動にあると明言したのが2021年。経済活動やライフスタイルにおける価値観の変革が迫られる中、インド創価学会(BSG)は「BSG FOR SDG」と銘打った社会貢献活動を同年に始めている。
 

「BSG FOR SDG」とは?

 SDGs(持続可能な開発目標)の周知とともに、一人一人が地球を守る「変革の担い手」となることを目指すもので、BSGの友はSDGsの17項目と自分の生活を照らし合わせながら、おのおのができる挑戦に取り組んでいる。
 
 例えば、デリー在住のアヌラダ・シャルマさん(地区婦人部長)。
 

アヌラダ・シャルマさん

アヌラダ・シャルマさん

 ――ゴミの分別を呼びかける一方、生ゴミから堆肥をつくるコンポストを活用し、家庭から出るゴミを60%削減。近隣住民も輪に加わり、120人が自主的にゴミを分別するように。約50世帯のゴミ排出量を月当たり300キロ減らすことができた。この取り組みは、直接にはSDGsの目標12「つくる責任 つかう責任」に該当することから、「12」のタグを付けて、「BSG FOR SDG」のアプリに写真を投稿。さらにはゴミの運搬や燃焼を減らすという意味で気候変動対策にもつながっている。
 
 BSGが開発した同アプリからは、インド各地でのアクションをスマホなどから確認することができ、互いに励まされるという。
 

「BSG FOR SDG」の一環として、昨年10月にデリー首都圏で実施された「BSG 25トンプラスチック回収活動」。プラスチックの消費や廃棄の見直しを身の回りの人に呼びかけながら、9日間で27トンを回収した(以下の活動写真はBSGのホームページから)

「BSG FOR SDG」の一環として、昨年10月にデリー首都圏で実施された「BSG 25トンプラスチック回収活動」。プラスチックの消費や廃棄の見直しを身の回りの人に呼びかけながら、9日間で27トンを回収した(以下の活動写真はBSGのホームページから)

 昨年、インドの人口は、中国を抜いて世界一に。人口比率や経済規模、CO2排出量の割合から、インドは世界全体のSDGs推進の鍵を握る主役ともいわれる。
 
 2015年に採択されたSDGsの達成期限は2030年。創価学会創立100周年の節目でもある。今年は、折り返しのスタートでもあり、活動に拍車がかかる。
 

クレジットカード1枚分のプラスチックが体内に

 この活動に深い関心を寄せるのが、医師のルビー・マキジャ博士。プラスチックゴミ問題に警鐘を鳴らし、多彩な活動を広げている。
 
 気候変動と並んで懸念される環境汚染。インドの状況はとりわけ深刻で、各都市の大気汚染指数は軒並み高く、世界最悪の水準ともいわれる。人口増によって粉塵や排ガス、焼却灰が急増し、生活や健康への影響が危惧される。
 

都市によっては、汚染物質が滞留しやすいという地形的な問題も。環境対策が急ピッチで進む

都市によっては、汚染物質が滞留しやすいという地形的な問題も。環境対策が急ピッチで進む

 インドでは毎日、十数万トンのゴミが排出され、その3分の2は収集・処理されるが、残りの3分の1は川や海、埋立地に廃棄され、水質汚濁や大気汚染の原因になっている。「リデュース(ごみの減量)・リユース(再使用)・リサイクル(再生利用)」といった行動は始まったばかり。残念ながら不法投棄や“ポイ捨て”は、まだなくならない――とマキジャ博士。
 
 たしかにインドの路上には多種多様なゴミが散乱している。一方で不思議なのは、街中に比べて、家やお店の中はきれいな点だ。
 
 そこには文化的要因も大きい。ゴミを路上に捨てることで、それを拾う仕事が行き渡るという考え方もある。だが適切に処理されなければ、やがては地球を汚してしまう。特にプラスチックゴミは海で魚の体内に蓄積したのち、食物連鎖をたどって人体に影響を与えかねない。博士が懸念するのも、この点だ。急速な経済発展に伴い、廃棄物は増加する一方である。
 
 長年、診療を続け、がんやアレルギーの増加に心を痛めてきた博士は、その原因としてクレジットカード1枚分――5グラムものマイクロプラスチックが毎週、人体に蓄積されていること等を指摘する。
 

ルビー・マキジャ博士

ルビー・マキジャ博士

 そんな博士が注目する創価学会の哲学がある。「自然環境とそこに暮らす人々が一体という生き方――仏法に説かれる『依正不二』に基づくライフスタイルです」
 
 プラスチックゴミの問題を依正不二の原理に当てはめるならば、自分の見えないところにゴミを投げ捨てているつもりが、実は、自分の体内に入れているに等しい。
 
 かつて日本を訪れた博士は、人目のない所でタバコを吸った男性が、携帯灰皿を取り出して吸い殻を処分したことに驚き感心したと話してくれた。「持続可能な社会の基礎は、自分の行動に責任を持つこと」が持論の博士にとって、「人は変われる」と勇気をもらった経験でもあったという。
 

 衆生と環境・国土の相互連関を説く依正不二の生命哲学からいえば、「他者を利すること(利他)」は同時に「自分を利すること(自利)」につながる。その考え方は、自然環境との関係にも応用できる。
 
 「あらゆるものが互いに支え合っているという視点があるから、創価学会員は環境汚染に無関心ではいられない。周囲や社会にも働きかける。その責任ある生き方を可能にしているのは、自分の心の変革から、人生も、環境も、やがては世界も変えていけるという『人間革命』の哲学なのだと思います」
 
 

「私は正しいのに、どうして理解してくれないの?」

 「BSG FOR SDG」をはじめとする創価学会の運動は、単なる社会貢献活動ではない。博士が指摘した通り、そのプロセスの中に、「自他の変革」を含んでいる。
 
 例えば、先のシャルマさんは、同活動が始まるずっと以前、BSGに入会する前から、“自然を大切にしたい”と、節電や節水等の工夫を重ね、資源の節約を呼びかけてきた。しかし、“なぜ従来の方法ではダメなのか”と、家族からでさえ嫌な顔をされた。「私は正しいことを勧めているのに、どうして誰も理解してくれないの?」
 

「BSG 25トンプラスチック回収活動」の取り組みから

「BSG 25トンプラスチック回収活動」の取り組みから

 シャルマさんは2012年、幼馴染みに誘われてBSGに入会。いつも人の目を気にしていたが、次第に自信が持てるようになったと述懐する。「印象的だったのは、周りの人のために祈ること。それも時に、普段なら気に留めないような他人のために祈る。人として、とても美しいことだと思います」
 
 実践を続けるうち、いつしか、100人以上が行動を共にするように。「今、振り返ると、以前は“なぜ、あの人は分かってくれないのか”という気持ちしかなかった」。自分本位に行動を押し付けるのではなく、まず自分が変わることで変化が広まったという。
 
 「無駄なことをするな」と反発していた人が、今では率先して声をかけてくれると笑顔を見せた。
 

若い世代の強い願い

 地球温暖化の議論は、今に始まった話ではない。
 
 半世紀以上も前、世界的シンクタンクであるローマクラブは、人口増大と工業投資が続けば、人類は100年以内に成長の限界に達し、生存条件が脅かされると警告した(1972年)。池田先生が歴史学者トインビー博士と対談を開始した年である。
 
 博士との対談集『21世紀への対話』では、70年にインドを襲った熱風等の異変が取り上げられ、世界の気候が重大な変化に直面していることに言及されている。
 

 博士は言う。「われわれが当面する人為的な諸悪は、人間の貪欲性と侵略性に起因するものであり、いずれも自己中心性から発するものです。したがって、これらの諸悪を退治する道は、自己中心性を克服していくなかに見いだせるはず」と。一方で「自已中心性の克服は、困難で苦痛をともなう課題」と、その難しさを指摘している。
 
 未来を開く鍵として両者の意見が一致したのは、人間の自己中心性を克服し、行動の変革を促す「自己超克の哲学」の必要性だった。
 
 「若い世代ほど、社会に貢献したいという願いを持っていると感じます」と語るのは、「BSG FOR SDG」を主導するシュルティ・ナンギアBSG女子部長。
 

シュルティ・ナンギア女子部長

シュルティ・ナンギア女子部長

 BSGでは持続可能な社会へのヒントを伝える「希望と行動の種子」展(SGI等が制作)を100以上の教育機関で開催。展示を解説するのは各学校の生徒である。皆が自信をもって話せるように、青年部で研修を担当。生徒たちの成長も地域に波動を広げている。
 
 コロナ禍で大切な人を亡くすなど、失意の底にある同志もいた。それでも、今こそ自身の変革から時代を開く弟子になろうと、BSGでは「アイ アム シンイチ・ヤマモト!(私は山本伸一だ!)」の精神を確立してきた。
 
 池田先生がトインビー博士と対談した当時、数えるほどしかいなかったインドの創価学会員は、今や約30万人に。半数が青年世代で、その割合は年々高まっている。
 
 (㊦は2月14日付に掲載予定)
 

※最後までお読みいただき、ありがとうございます。紙面のご感想やご意見をお寄せください。
 
kansou@seikyo-np.jp