〈医療〉 足底腱膜炎2024年2月5日
- 「長時間立ち仕事の人に多く発症」
- 根気強い治療で改善が可能
“朝の1歩目に、かかとが痛む”――そのような方は「足底腱膜炎」の可能性があります。罹患者が多いといわれるこの疾患について、国際医療福祉大学塩谷病院(栃木県矢板市)の須田康文病院長(同大医学部教授)に聞きました。
【仕組み】
足裏への
強い負荷で炎症
――足底腱膜とは?
“土踏まず”というへこみが象徴していますが、足裏の骨は、アーチ状になっています。そのアーチの下には線維状の、ぶ厚い板のような「膜」があります。これを「足底腱膜」といいます。
足底腱膜の両端はそれぞれ、「かかとの骨」と「指の付け根の骨」に付着しており、骨のアーチがつぶれないように下支えしています。
――体重を支えているのですから、相当な負荷がかかっていそうですね。
特に、「かかとの骨との付着部」は、立っているだけでも体重がかかりますが、歩行時は、さらに負荷が増します。
着地の際は、かかとから着くために下から圧迫されます。指の付け根の関節が反ることで足底腱膜が伸び、付着部が前へ引っ張られます(別掲「足底腱膜にかかる牽引力と圧迫力」)。
このかかとの付着部に過度の負荷がかかって炎症が起き、痛みが出るのが「足底腱膜炎」です。この付着部は頑丈な組織ですが、いったん炎症が起きると治りにくい箇所です。
足底腱膜にかかる牽引力と圧迫力
日本足の外科学会パンフレット「足底腱膜炎」より
【症状】
1歩目に痛み
歩くと消失
――症状は?
かかとの裏側に圧痛(押した時の痛み)があります。さらに「起床後の1歩目」や「長時間立ったり、座ったりした後の歩き出し」で、かかとの裏側に痛みが走ります(別掲「主な症状」)。長時間歩行しない間に、炎症を起こしている足底腱膜がこわばり、硬くなるからです。痛みには個人差がありますが、激痛を感じる方も少なくありません。
大きな特徴は、歩くうちに痛みが引くことです。
――痛みが引く?
歩くという行為で、足底腱膜が伸縮します。その“ストレッチ効果”で、いったんは柔らかくなり、痛みが落ち着きます。しかし、歩行量が増えると、再び痛みは強まります。
【患者】
教師や外交員
式場従業員など
――どういった方に多く発症するのでしょう。
“長時間の立ち仕事”に従事する方に多く発症します。職業でいえば、教師や外交員、ホテルや式場の従業員などです。
足底腱膜は歩くことで鍛えられたり、ストレッチ効果で柔らかさを保てたりする側面もあります。それでも、長距離ランナーや跳躍系のスポーツ選手など、過度の負荷がかかる人に発症することは少なくありません。
また、かかとの骨は、下は足底腱膜、上はアキレス腱につながっています。アキレス腱が硬いことで、連動している足底腱膜に負荷がかかり、発症している患者も一定数おります。
――男女差はあるのでしょうか。
病院で診る患者は中高年女性が比較的多いとはいえます。その上で、働き盛りの男性では、発症しても病院にかからないケースが少なからずあるようです。そのため、“発症しやすさ”に性差があるとは、一概には言い切れません。
主な症状
監修:入船整形外科形成外科クリニック 常岡薫理事長
【治療】
ストレッチや
個別の中敷きを
――診断はどのように?
痛みの出方や圧痛の有無を確認し、診断します。
MRIやエコーなどの画像診断を行うこともあります。かかとに骨棘(骨の出っ張り)が発生している場合も多くありますが、必ずしも痛みを引き起こすわけではありません。
また、かかとの裏側の脂肪が薄くなっていれば、痛い場所が似ている別疾患である「踵部脂肪褥炎」の可能性があります。治療法は大きく異なります。
――治療法は?
①生活指導に従い、原因となった動きや運動を控える。
②医師の指導の下、足裏(足底腱膜)を伸縮させるストレッチを行う。
③個々人に合わせた足底挿板(靴の中敷き)を使い、骨のアーチを保てるようにサポートする。
まずは①②を1カ月ほど行い、痛みが消えなければ③を作って活用します。
この三つを行えば、半年から1年で約8割の患者で痛みが消えます。
逆に言うと、治療は長期になるため、根気強く行う必要があります。
なお、③の挿板は、医師の監修のもと、義肢装具士が足型を取って作ります。アーチを支えながら、かかとの痛い所をくりぬいたり、衝撃吸収材を用いたりします。また、①は仕事等、人によっては難しいケースもあります。
――痛みが引かない方には?
薬物療法を行います。まずは非ステロイド系の消炎鎮痛薬を、飲んだり塗ったりします。痛みが強ければ、ステロイド薬を局所注射することがあります。ただし副作用として、クッションである脂肪を溶かすことがあるため、注意して行います。
重症の場合は手術で、足底腱膜の一部をかかとの付着部から切り離したり、骨棘が痛みの原因であるケースでは、それを取り除いたりします。
「体外衝撃波」による治療もあります。衝撃波を皮膚の上から患部に照射し、炎症部位に入り込んでいる神経を壊すことで痛みがなくなります。
――衝撃波と聞くと、ちょっと怖い気がします。
整形分野で唯一、体外衝撃波の保険適用が認められているのが、重度の足底腱膜炎です。衝撃による痛みはあるものの、手術より体の負担が少ない治療法です。数カ月で治癒できる可能性があるため、スポーツ選手などに施すことがあります。
――再発はありますか。
原因となった生活習慣が変わらない場合、再発するケースはあります。
その上で、軽症で治療を開始できれば、多くが完治できる疾患です。気になる方は、早めに整形外科を受診してください。
〈取材こぼれ話〉 裏方さん
「健康のために、と“ウオーキング”を始めた方にも、よく発症します」と須田先生。
――えっ、ウオーキングですか? それなら同じような運動で、より激しい“ランニング”をする人のほうが、多く発症する気がしますが……。
「ウオーキングを始めるのは、ランニングをする方よりも総じて年齢が高く、退職後など、運動から長く離れていた方々です。そのため、足底腱膜やアキレス腱、筋肉などが硬くなっていることが多いですね」
初めは問題ないものの、徐々に負荷がたまり、数カ月たった頃に痛みが出るケースが多いという。
「やり慣れていない運動を無防備に始めると、逆効果になりかねません。負荷のかけ方を緩やかにして、前後に足裏やアキレス腱を伸ばすストレッチを入念に行うなど、注意が必要です。土踏まずの下の辺りで、痛い所は避けつつ、ゴルフボールをグリグリと踏むことも効果があります」
◇
心身を健康に保つ「歩行」を“縁の下”ならぬ“足の裏”で、黙々と支えてくれている足底腱膜。時にはストレッチを行うなど、文字通り大切な足の裏方さんを、優しくねぎらってはいかがでしょうか。
(聡)