ビクトリー御書(未来ジャーナル 2024年2月号)2024年2月1日

  • 大悪大善御書
  • 困難こそ成長のチャンス

御文

 大事には小瑞なし。大悪おこれば大善きたる。すでに、大謗法、国にあり。大正法、必ずひろまるべし。各々なにをかなげかせ給うべき。迦葉尊者にあらずとも、まいをもまいぬべし。舎利弗にあらねども、立っておどりぬべし。上行菩薩の大地よりいで給いしには、おどりてこそいで給いしか。(御書新版2145ページ・御書全集1300ページ)

通解

 大事の起こる前には小さな瑞相はない。大悪が起これば大善がくる。すでに大謗法が国にある。それゆえ、大正法は必ず広まるであろう。あなたたちは何を嘆かれることがあろうか。(必ず大善がくるとの喜びに)迦葉尊者でなくても、舞を舞うべきところである。舎利弗でなくても、立って踊るべきところである。上行菩薩が大地から現れた時には、まさに踊り出られたのである。

解説

 みなさんこんにちは、レオです! 寒い日が続くけど、今月も御書を学んで心を燃やし、元気に頑張ろう!
 
 今回学ぶ「大悪大善御書」は、一部のみが伝えられているお手紙のため、いつ、誰に与えられたのかは不明です。内容から、「蒙古襲来」(文永の役)などにより社会が騒然とする中で、日蓮大聖人が苦闘する門下を激励するために認められたものと考えられています。
 
 大聖人が「立正安国論」で示された自界叛逆難(内乱)、他国侵逼難(他国からの侵略)が「二月騒動」や「蒙古襲来」として現実になり、大聖人の門下も、所領没収などの迫害を受けていました。
 
 本抄では、戦乱などといった大悪に嘆く必要はなく、むしろ、大悪が起こることは大善の仏法が広まる前兆と捉え、喜び勇んで前進していく姿勢を教えられているよ。つまり、僕たちの人生においても、困難こそ幸福や勝利へのカギになるといえるんだ。
 
 でも、ここで大事なのは、大悪が起こった後に、自然に大善が起こるわけではないということ。法華経には、末法の時代に、仏法を弘める主役として、地涌の菩薩が登場するんだけど、地涌の菩薩は、どんな苦難の中でも、勇気を出して仏法を弘めていく。今回の御文に出てくる上行菩薩は、その地涌の菩薩のリーダーなんだ。地涌の菩薩というのは、信心根本に頑張る僕たちのことでもあるよ。だから、大変な時こそ題目を唱えて、勇気の心で前進することが、大悪を大善に変えるカギになってくるね。
 
 池田先生は、「厳しい冬を乗り越えてこそ、春に美しい花が咲き薫る。どれだけ寒さが厳しくても、木々は一つも文句を言わず、じっと耐える。そして少しずつ着実に、養分を吸収している。万事、大変な時こそ、本物の強さが身につくのです」と教えています。
 
 「つらい」「苦しい」「大変」こそ、“成長するチャンスだ!”と決めて、毎日楽しく前進していこう!