人が秘める逆転と想像の力〈尊し。サブカル Vol.35〉2024年1月30日

  • 2023年の話題映画を振り返って

 さまざまな制限を強いられたコロナ禍が“明け”となった2023年。それぞれに、これまでの3年間を振り返るとともに、これからのことを考えたのではないだろうか。昨年の話題映画を振り返ると、1年を通し、抑圧への「解放感」から、未来への「志向」という心の移り変わりが、静かに浮き上がってくるように石(編集部員)は思う。

 特に、ロングラン上映となった『THE FIRST SLAM DUNK』(バスケットボールを通じて成長する高校生を描いた漫画が原作)と『君たちはどう生きるか』(スタジオジブリ最新作)からは、この年の流れを包括するように、“逆転”“生命”というテーマがほとばしっている――。

解放の兆し/宮城リョータ・灰原哀

 一足早く、『THE FIRST SLAM DUNK』は2022年末に公開した。ストーリーの主軸となる宮城リョータは、競技には不利とされる小柄な体格や、家族のわだかまりなどによる“抑圧”と向き合う。バスケへの一途な思いで運命を切り開く勇姿は、度重なる我慢を強いられた心を大空へ解き放った。

 2023年春公開の劇場版『名探偵コナン 黒鉄の魚影』は、“ヒロイン・灰原哀”の淡い恋心を描いた。“相棒”という立ち位置との間に揺れる姿は、これまでに受け入れざるを得なかった“あきらめ”や“見切り”といった、やむにやまれぬ気持ちを広い海へ溶かした。

 それから先も、3年の中で私たちが感じた心の起伏に寄り添うような作品が、数多くラインナップされていた。

“生きる”を問う/眞人

 夏。ゴールデングローブ賞を受賞し、本年のアカデミー賞にもノミネートされた『君たちはどう生きるか』が公開。前作『風立ちぬ』(2013)に続き、“争いの世界”を題材に、生命という命題に迫った。

 それから秋、冬にかけ、『ゴジラ-1.0』『窓ぎわのトットちゃん』、そして『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』と、戦争を背景とする作品が次々にリリースされている。

 この流れは、世界情勢に沿った必然性とともに、情報として目まぐるしく通り過ぎてしまう死というものに対するアンチテーゼだ。死を直視することで、“生きる”を考える。5月のコロナ「5類」移行から、日常を再構築しようとする私たちに、一度立ち止まって玄関を出るよう指し示す現象だと石はとらえている。

ループの象徴/ゴジラ 想像力を信じる/ラジャー

 『ゴジラ-1.0』は、終戦直後の日本に降りかかった災厄(ゴジラ)に立ち向かう人々を通して、閉塞感ただよう社会にともる希望を描いた。同時に、ゴジラがずっと担ってきた悲劇のループもまた示唆される。

 常に分岐点を投げかけ、過去を教訓に人々へ変化を促してきた実写ゴジラ。この3年(ひいては『シン・ゴジラ』(2016)公開から7年)の経験をもとに、私たちはどう進むべきか。その問いに、想像力というヒントをもたらしたのが、12月公開の『屋根裏のラジャー』だ。

 イマジナリ(想像の友達)の存在を通して、一つの家族の喪失と修復が描かれた本作。自分と周囲を隔てるためでなく、現実を生きるためにこそ想像力はあるのだと訴える。

 人は無限に理想を広げられると同時に、それを現実にかなえようと歩き出した時にこそ成長できる。私たちはなお、さまざまな課題の渦中にある。だが一人の幸せを想像し、“理想的な現実”を創造する力もまた、私たちの中にこそ秘められているのだ。


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