〈インタビュー〉 「核兵器の先制不使用」宣言を巡って ジョージ・ワシントン大学 マイク・モチヅキ准教授2024年1月30日

  • G7広島サミットへの池田氏の提言に賛同
  • 諸問題の解決へ国境を超えた市民社会の活動・連帯の強化を

 池田先生は昨年と一昨年、3度にわたって提言を発表し、「核兵器の先制不使用」を訴えました。東アジアの安全保障に詳しい、米ジョージ・ワシントン大学エリオット国際関係学部・大学院のマイク・モチヅキ准教授に、核兵器を巡る国際情勢と池田先生の提言の意義についてインタビューしました。(聞き手=樹下智)

 Mike Mochizuki 1950年生まれ。ハーバード大学大学院で博士号を取得し、ブルッキングス研究所上級研究員等を経て、現職。日米関係、東アジア安全保障の専門家で、朝鮮半島危機に関する共著などがある。昨年、報告書「岐路に立つアジアの未来」を共同執筆・発表した。

「垂直拡散」が深刻化

 ――核兵器に関するリスクが冷戦後で最も高まっているといわれています。その中、昨年11月から12月にかけて、核兵器禁止条約(核禁条約)の第2回締約国会議が開催されました。
  
 会議の最後に採択された政治宣言で、核兵器がもたらす壊滅的な人道的被害に光を当て、「核抑止論」を明確に否定したことは評価に値します。一方、「核の抑止力」を重視する核保有国の反発が強まることが懸念されます。
  
 核保有国と、核抑止力に依存する核依存国は、核禁条約ではなく核兵器不拡散条約(NPT)の枠組みの中で、核軍縮を推し進めるべきだと主張しています。NPTは、核兵器国に核軍縮の交渉を誠実に行う義務を課す代わりに、他国が新たに核兵器を保有することを防ぐ条約です。
  
 1980年代、私がハーバード大学に博士研究員として在籍していた時、この分野で最高峰の専門家たちが、核保有国が増加し、15~20カ国になるだろうと予測していました。核保有国が増えていく「水平拡散」を、予想以上に抑えることができたのは、このNPTによるところが大きい。
  
 翻って、核保有国が核兵器の数を増やしたり、近代化させたりすることを「垂直拡散」と呼びます。こちらの問題の方が、より深刻になってきています。冷戦後、米国とロシアの核弾頭数は格段に減りましたが、今、そのトレンドが逆転しているからです。
  
 なぜそうなったのかは、学者や専門家の間で意見が割れています。核大国が核兵器の近代化、防衛能力の強化を図ったことによって、相手国に自国の報復能力の低下を恐れさせたことが原因の一つであると、私は考えます。
  
 ――核軍縮と逆行し、「安全保障のジレンマ」に陥っているということですね。
  
 ええ。米国では、以前はロシアとの競争だけでしたが、今は中国も核弾頭数を増やしているため、自国の核兵器関連の予算を増額すべきだと真剣に議論されています。
  
 ――モチヅキ准教授は、こうした緊迫する情勢を緩和するために、日本政府は「核兵器の先制不使用」を、核保有国に宣言するよう求めるべきだと提言されていますね。
  
 はい。米国のオバマ政権と現在のバイデン政権で、「核兵器の先制不使用」が検討されていた時期がありました。さまざまな理由で反対され、採用されませんでしたが、重要な要因は、米国の「核の傘」に頼る同盟国からの反対意見でした。
  
 確かに、日本は非常に厳しい安全保障環境に置かれています。米国の核兵器が、他国による日本への核攻撃を抑止する力となっているのは、おそらく事実でしょう。
  
 一方、通常兵器による攻撃さえも抑止しているかといえば、その可能性は極めて低い。仮に他国が日本を通常兵器で攻撃しても、米国が同盟国・日本のために核兵器を使うなど考えられません。双方に壊滅的な被害をもたらす核兵器が、通常兵器の攻撃に対する反撃に使われる可能性は、極めて低いのです。
  
 さまざまなシナリオを考慮した時、核兵器で日本が攻撃されるというのは非現実的なのです。

軍縮義務果たす第一歩

米ニューヨークの国連本部で行われた核兵器禁止条約の第2回締約国会議(昨年11月)

米ニューヨークの国連本部で行われた核兵器禁止条約の第2回締約国会議(昨年11月)

SGIの役割に期待

 ――「核兵器の先制不使用」宣言について、「全ての核兵器国が検証可能な形で同時に行わなければ有意義ではない」との意見もあります。
  
 もちろん、全ての核兵器国が同時に宣言できるのが理想的でしょう。しかし、中国は既に「核兵器の先制不使用」を宣言しています。もしアメリカも宣言すれば、英国とフランスもその方向に動くよう強いプレッシャーがかかるでしょう。
  
 核軍拡競争を阻止するためには、どこかの国が行動を起こさないといけない。その国とは、「核兵器の先制不使用」や、核攻撃の抑止と反撃を「唯一の目的」とすべきだと検討していた米国だと私は考えます。
  
 ――池田SGI会長は、G7広島サミットへの提言で、「核兵器の先制不使用」は、「『核兵器のない世界』を実現するための両輪ともいうべきNPTと核兵器禁止条約をつなぎ、力強く回転させる“車軸”となりうる」と主張しました。
  
 池田氏の提言に完全に同意します。氏の主張は、「核兵器の先制不使用」を支持する米国の学者たちの見解と、軌を一にするものです。またそれは、(共同論文「核兵器なき世界」を発表した「4賢人」の一人であり、オバマ元大統領に影響を与えた)ウィリアム・ペリー元米国防長官の意見に近いものがあります。
  
 ですから、氏がこのような主張をされたのは重要なことですし、もっと多くの非政府主体が同じように主張すべきであると、私は考えます。創価学会、またSGIには、そのネットワークを通じて、他の諸団体と協力し、国境を超えた幅広い連帯を築いてもらいたいと願っています。
  
 NPTの問題点は、「水平拡散」の防止ばかりに焦点が当たっていることです。私たちが直面する、より深刻な課題は「垂直拡散」です。
  
 NPTが課す核軍縮交渉の義務を、核兵器国は果たしていません。「核兵器の先制不使用」は、その責務を果たす第一歩となる点で、池田氏が主張したように、NPTと核禁条約をつなぐ“車軸”であるといえます。

昨年5月に行われた先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)。池田先生は同会議への提言で、「核兵器の先制不使用」の誓約を改めて訴えた ©Bloomberg/Getty Images

昨年5月に行われた先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)。池田先生は同会議への提言で、「核兵器の先制不使用」の誓約を改めて訴えた ©Bloomberg/Getty Images

 ――モチヅキ准教授は長年、日本の社会や政治について研究されてきました。創価学会、また昨年逝去した池田SGI会長のことを、どうご覧になってきましたか。
  
 70年代に東京大学で研究していた際、宗教団体が日本政治に与える影響について調査しました。当然、創価学会についても研究し、牧口初代会長が獄死し、戸田第2代会長が出獄した後、創価学会を発展させていった歴史に感銘を受けました。そして、池田第3代会長が創価学会を数百万世帯にまで拡大させたのは、信じがたい業績であったと思います。
  
 池田氏が公明党を創立した点も評価しています。私がハーバード大学の博士課程で選んだ研究論文のテーマの一つは、公明党の外交政策であり、池田氏と公明党が日中国交正常化に果たした役割でした。これは、非政府主体が、一国の外交政策に大きな影響を与えた実例といえます。
  
 公明党は現在、与党の一角であり、創価学会は、日本社会に強い影響力を及ぼす団体であり続けています。その役割は、重要な転換点を迎える日本社会、そして日本外交にとって、極めて重要です。
  
 公明党が、軍国主義的な政策を推し進めたい勢力の“ブレーキ役”を担ってきたことを、私は評価しています。しかし、“ブレーキ役”だけではなく、教育・福祉政策などの分野においても、政府の方針を変えてきたことは、米国ではあまり知られていません。ですから、公明党の広報戦略が強化され、国家主義的ではない側面が日本にはあるということが、もっと広く知られることを願っています。
  
 ――人類の存続を脅かす核兵器の問題、そして気候変動の解決に向けて、「多国間主義」が強化されるべきことは論をまちません。本年9月には、「多国間主義」を再活性化させるための「未来サミット」が国連で開催されます。
  
 核戦争の阻止、気候変動の緩和といった、人類の存続をかけた課題解決のためには、国家間の協調が不可欠です。ですが、それぞれに国内事情があり、力強い行動を起こすことができていない。国連の機能にも限界があります。各国政府や国際機関だけでは、問題は解決できないのです。
  
 したがって、市民社会の力、国家の枠組みを超えた非政府主体による活動、そしてネットワークが極めて重要です。その意味で、SGIが、そういった取り組みを積極的に推進していることは素晴らしいことです。
  
 欧州、南アジア、中南米といった地域でも、核兵器廃絶や気候変動緩和のために、市民社会による活動が活発になっています。そうした活動が、国際的なネットワークとしてつながり、強化されていけば、各国政府や国連を後押しする大きな力になるのではないでしょうか。

第2回締約国会議にはSGIの代表団も市民社会の一員として参画した(昨年11月、国連本部で)

第2回締約国会議にはSGIの代表団も市民社会の一員として参画した(昨年11月、国連本部で)