〈伝統芸能〉 飛躍を期す日本舞踊 日本舞踊保存会会長・井上八千代さん(京舞井上流五世家元)2024年1月29日

日本舞踊保存会の会長を務める井上八千代さん(京舞井上流五世家元・人間国宝・日本藝術院会員・日本舞踊協会常任理事)

日本舞踊保存会の会長を務める井上八千代さん(京舞井上流五世家元・人間国宝・日本藝術院会員・日本舞踊協会常任理事)

 昨年10月、日本舞踊が国の重要無形文化財に指定された。新たに日本舞踊保存会が発足し、舞踊家と伴奏音楽の演奏家55人が保持者に認定された(総合認定)。飛躍を期す日本舞踊。保存会の会長に就いた京舞の人間国宝・井上八千代さんに聞いた。

若柳杏子(わかやぎきょうこ)さん㊧、泉秀彩霞(いずみひであやか)さん㊥、花柳寿紗保美(はなやぎじゅさほみ)さんによる「大津絵藤娘」。3人はいずれも「各流派合同新春舞踊大会」の最優秀賞や大会賞の受賞者である=日本舞踊協会提供

若柳杏子(わかやぎきょうこ)さん㊧、泉秀彩霞(いずみひであやか)さん㊥、花柳寿紗保美(はなやぎじゅさほみ)さんによる「大津絵藤娘」。3人はいずれも「各流派合同新春舞踊大会」の最優秀賞や大会賞の受賞者である=日本舞踊協会提供

●“宿願”が実って

 井上さんは京都で伝承される京舞井上流の五世家元。約110の流派、約3500人の舞踊家が所属する日本舞踊協会の常任理事も務め、同協会主催公演のプロデュースや「若手舞踊家の登竜門」とされる各流派合同新春舞踊大会なども担う。重要無形文化財の指定は、舞踊家はじめ関係者にとって宿願だったという。
  
 「以前は西川扇藏先生(人間国宝・故人)や花柳寿南海先生(同)ら先輩方も携わっておられ、その後は尾上墨雪先生や私が加わりましたが、機が熟しませんでした。地方も含めて日本舞踊が盛況で、担い手も多く、各流派がそれぞれの在り方で成立していたことなどが関係していたのではないかと思います。
 時代が移って、実現に向けた活動が本格化したのは5年ほど前。ようやく機が熟し、宿願が実りました。日本舞踊保存会の会員は、優れた技芸に加えて、後進の育成にも実績のある方です。最高齢は100歳。今も現役の方です。『古きを守る』『新たな道を開き、後につなぐ』。これが会員の務め。名誉職でも、いい思いをするための立場でもありません。日本舞踊を後世に伝える手だての一つです」

京舞井上流の「菊」を披露する井上さん=2023年12月、日本舞踊協会主催の「日本舞踊キャラバン」京都公演で=日本舞踊協会提供

京舞井上流の「菊」を披露する井上さん=2023年12月、日本舞踊協会主催の「日本舞踊キャラバン」京都公演で=日本舞踊協会提供

●先人の「わざ」を

 重要無形文化財は、演劇、音楽、工芸技術などの無形の「わざ」で歴史上または芸術上、価値が高いとされる無形文化財のうち、重要なものを国が指定。これらの「わざ」を高度に体現・体得している人または団体が保持者・保持団体として認定される。
 今回の指定・認定を受けて伝承者養成のための研修事業などが既に進められており、3月13日には都内で第1回「研修成果発表会」を行う(渋谷区文化総合センター大和田・伝承ホール)。
  
 「研修事業では、保存会の会員が自身の『わざ』を若い世代に伝えます。継承する方には、自分の体に古きものを入れていただく。自分の身を通して表現する私たち舞踊家にとって、先人のものを受け継ぐということは、まず自分の体にその『わざ』を入れようという試みになると思うのです。その意味で、若い世代の方々にも期待しています。
 日本舞踊保存会が取り組むべきことは、研修とその成果の発表にとどまりません。アーカイブの推進、道具や衣装の整備など、多岐にわたります。日本舞踊は多くのスタッフが支える総合芸術ですが、コロナ禍の間に大道具など舞台のお仕事から退かれた方もおられますし、扇や鬘、髪飾りに携わる方もその素材も、非常に得がたい時代になりました。その中で、残さなければならないものを大切にしつつ、新たなものを創造するのです」

春の訪れをコミカルに描く「鶯宿梅(おうしゅくばい)」を、吾妻徳穂さん㊧、花柳寿楽さん㊥、花柳基(もとい)さんが披露=日本舞踊協会提供

春の訪れをコミカルに描く「鶯宿梅(おうしゅくばい)」を、吾妻徳穂さん㊧、花柳寿楽さん㊥、花柳基(もとい)さんが披露=日本舞踊協会提供

●よき未来への一歩

 今回の指定に当たっては、本衣装を排して踊り手の技芸に表現の重点を置いた素踊りの重要性、市井への伝承の役割を果たした舞踊師匠と女性の活躍、演奏を受け持つ地方の存在も言及され、日本舞踊の定義が明確になった。日本舞踊には多様な魅力がある。
  
 「今後も、保存会の母体である日本舞踊協会、音曲の世界と連携を強めながら、輪を広げたい。研究者の方々にも加わっていただくことができれば研修の内容も充実が図れるのではないでしょうか。
 日本舞踊協会は毎年1月に『各流派合同新春舞踊大会』を、2月には『日本舞踊協会公演』を開いています。昨年8月から今年の1月にかけては全国の11都市で『日本舞踊キャラバン』を行いました。初めて日本舞踊をご覧になったお客さまにも好評で、出演していただいた地元の舞踊家から「初めて生の演奏で踊りました」という喜びのお声もお聞きしており、このような舞踊家のネットワークをさらに広げたいと思っています。
 日本舞踊は、四季の自然を愛し、あらゆるものに魂の存在を見いだして大切にする、日本人らしい和みの心が表現された文化です。これまで以上に皆さまから親しまれる存在になり、世界にも魅力を発信したい。今回の指定は日本舞踊のよき未来を開く一歩。その思いで、これからも活動を続けます」

男性舞踊家の素踊りによる「壇の浦」。2022年の「とどけ明日へ―継承の轍(わだち)―日本舞踊公演」から=日本舞踊協会提供

男性舞踊家の素踊りによる「壇の浦」。2022年の「とどけ明日へ―継承の轍(わだち)―日本舞踊公演」から=日本舞踊協会提供

◆2月に「日本舞踊協会公演」東京・浅草公会堂で24日と25日

 第65回「日本舞踊協会公演」が2月24(土)、25(日)の両日、東京・浅草の浅草公会堂で開催される。今回は80人の舞踊家が出演して計20演目を披露する。両日とも昼の部は午前11時半開演、夜の部は午後4時開演。
 全席自由8000円。25歳以下割引・障害者割引(介助者1人まで同等割引)=前売り・当日売りに関わらず、公演当日、会場の日本舞踊協会受付で各証明書を提示。1人2000円をキャッシュバック。
 ヴォートルチケットセンター(電話)=03(5355)1280 ※平日午前10時~午後6時
 チケットぴあ(インターネット予約)=https://t.pia.jp

◆新進若手のコンクール公演「各流派合同新春舞踊大会」文科大臣賞に花柳基紫瑞さん

 新進の若手舞踊家が日頃の研さんの成果を発表する日本舞踊協会主催・制作のコンクール公演、令和6年「各流派合同新春舞踊大会」の最終本選が1月14日、東京・中央区立日本橋公会堂で行われた。
 同大会は古典の日本舞踊を継承し、発展させていく人材育成の場として注目されており、今回の最終本選には41人の応募者から審査・本選を経た6人が出演。「北州」を披露した花柳基紫瑞さんが最優秀賞に当たる文部科学大臣賞に決定した。
 大会賞に花柳寿万籠さん、花柳梨道さん、藤蔭慧さん、若柳竜公さん、花柳真珠李さんが。本選出演者から、水木紅耶さん、花柳まり草さん、花柳寿之吉さん、花柳喜宏洲さんが奨励賞に決定した。

日本舞踊協会の「各流派合同新春舞踊大会」は“若手日本舞踊家の登竜門”ともいわれるコンクール公演。14日の最終本選で「北州」を披露した花柳基紫瑞(もとしずい)さんが令和6年の文部科学大臣賞に決定した=日本舞踊協会提供

日本舞踊協会の「各流派合同新春舞踊大会」は“若手日本舞踊家の登竜門”ともいわれるコンクール公演。14日の最終本選で「北州」を披露した花柳基紫瑞(もとしずい)さんが令和6年の文部科学大臣賞に決定した=日本舞踊協会提供