〈いのちの賛歌 心に刻む一節〉2023年12月12日

テーマ:生死と向き合う

 企画「いのちの賛歌 心に刻む一節」では、御聖訓を胸に、宿命に立ち向かってきた創価学会員の体験を紹介するとともに、池田先生の指導を掲載する。今回は「生死と向き合う」がテーマ。静岡県掛川市の夫婦に話を聞いた。

御文

 例せば、餓鬼は恒河を火と見る、人は水と見る、天人は甘露と見る。水は一なれども、果報に随って別々なり。(曽谷入道殿御返事、新1411・全1025)

通解

 例えば餓鬼は恒河を火と見る。人は水と見る。天人は甘露と見る。水は一つのものであるが、果報にしたがって別々なのである。

試練に負けない境涯開く

子を失った悲しみの淵から

 「幸せになるための信心なのに、どうして?」。山田正明さん(66)=県総合長=は、かつて妻・京子さん(67)=地区副女性部長=から突き付けられた言葉が、今も耳朶に残っているという。それは山田さん自身の問いでもあった。
       ◇
 京子さんと結婚したのは、山田さんが23歳の時。「幸せになるための信心だから」。山田さんの言葉に、京子さんはうなずき、夫婦で広布に生きる道筋の“一歩”を踏み出した。
 それから2年して妊娠。夫婦で歓喜したのもつかの間、流産に。悲しみに暮れた。
 題目で心を支えながら夫婦で信心に励んだ。やがて2人目の妊娠が判明。26歳の時、長女・扶美子さんが生まれた。「ふみちゃんが、とにかくかわいくて」。山田さんは目を細める。
 翌年、長男を授かった。その頃から、長女の体調に違和感を抱いたという。
 3歳児健診では「異常なし」。市内の病院を転々とするも、「風邪じゃないですか」。県内の総合病院で検査すると、医師の表情が曇った。「娘さんは、急性骨髄性白血病です」
 血液中の白血球が、がん化した細胞(白血病細胞)となって増殖する血液のがん。思いも寄らない医師の言葉に、山田さんはぼうぜんとし、京子さんは泣き崩れた。
 直ちに入院となり、抗がん剤での治療が始まる。副作用で娘の髪の毛は全て抜けた。京子さんは、「小さな体で過酷な治療に耐えるふみちゃんを見るたび、心は引き裂かれました」
 娘が眠るベッドのそばで、付き添った京子さんは題目を唱え続けた。多くの同志が励ましに訪れ、祈りで支えてくれた。
 苦悩の渦中にある山田さんが思い起こしたのは、1985年(昭和60年)9月に開催された、第1回「静岡青年平和文化祭」に参加した時のこと。席上、池田先生は「青春時代の苦労、鍛えは、人生の原動力を大きく強め、未来の宝となりゆく」と呼びかけた。
 その言葉が浮かんだ時、「師匠は、娘のことも、今の苦悩も、全て分かってくださっているんだと確信したんです」。涙を拭い、必ず乗り越えてみせると胸中の師匠に誓った。
 治療開始から1年半ほどたったある日、医師から告げられた。「もう白血病細胞は見当たりません」
 夫婦は手を取り合った。これで家に連れて帰れる。安堵した直後、免疫力が低下していた長女は、重篤な肺炎に。数日後、「ちゃーちゃん(お母さん)、もう寝るで、ナムナム(唱題)して」という言葉が最後となり、その夜、長女は病室のベッドの上で冷たくなった。
 娘を抱いて無言の帰宅。京子さんの「幸せになるための信心なのに、どうして?」との言葉に、山田さんの命は揺れた。
 4年8カ月の短い生涯。長女は何のために生まれてきたのか――。暗闇の中で光明を求めるように、山田さんは御本尊に祈り続けた。死魔を振り払おうと学会活動に没頭した。
 この時、山田さんが京子さんと拝した御書が、「水は一なれども、果報に随って別々なり」(新1411・全1025)との一節だった。同じものを見ていても、境涯によって捉え方は変わる。信心は、その境涯を高め、試練の現実にも“希望の意味”を見いだすためにある。
 「短い生涯でも、ふみちゃんは精いっぱい生きた。病魔に挑み抜く姿で、私たち夫婦に“負けない強さ”を教えてくれた。妻と懸命に祈る中で、娘の使命を心の底から確信できた時、私たちは前を向けたと思います」
 京子さんも静かにうなずく。
 夫婦はその後、次女と三女を授かる。今では、子どもたちのそれぞれが良き伴侶に恵まれて、6人の孫たちも皆が創価家族に加わり、和楽の家庭を築いている。
 山田さんは話す。
 「私たち家族の信心の中心には、今も笑顔のふみちゃんがいる。祈り開いた境涯で、そう確信できるようになれたことが、私たち夫婦の幸せです」

 山田さんが一家で続けてきたことがある。
 「毎年の初めに、家族そろって御本尊のもとから決意の出発をすること」と教えてくれた。
 「今では、孫たちも一緒に集まっています。信心を根本とすれば、人生に行き詰まりはない。その確信を継承させていくことで、亡き扶美子の命も、皆の心の中でますます輝いていくと感じています」
 その後も、試練の波は幾たびとあった。
 子どもたちの宿命や、会社の経営難。嵐に直面するたび、山田さん夫婦は一つ一つの意味を信心で捉え、歯を食いしばり、祈りで勝ち越えた。
 5年前には、妻の勧めで受診した病院で、山田さんの頭の中に「脳動脈瘤」が三つあることが判明。開頭手術で無事に克服した。
 「もし見つからなかったら、半年以内に命の危機を迎えていたと医師に言われて。御本尊に救われたな、と」
 山田さんの信心の眼は、身に起きた全てを感謝へと転じる。
 池田先生は教えている。
 「逆境を大転換し、それまで以上の境涯の高みへ跳躍する。この生命の大歓喜の劇を、万人に開いたのが『変毒為薬(毒を変じて薬と為す)』の哲理である」
 「どのような『煩悩』や『業』や『苦』であろうとも、それを変じて、仏の『生命』と『智慧』と『福徳』を勝ち開いていく究極の力こそが、南無妙法蓮華経なのである。
 変えられぬ宿命など断じてない。ゆえに、決して嘆かずともよい、そして絶対に諦めなくともよい希望の光が、ここにあるのだ」(池田大作先生の指導選集〈中〉『人間革命の実践』)
 いちずな求道心。その矜持をにじませて山田さんは話す。
 「幸福になるためには、自分の低い境涯に左右されるのではなく、境涯を高め、困難にも揺るがない自分自身をつくる以外にありません。私はこれからも永遠の師と共に、境涯革命に挑み続けます」

[教学コンパス]

 「若者は『現役選手』しか尊敬しない」――最近の若者心理に詳しい金沢大学教授/東京大学客員教授の金間大介さんは、本紙のインタビューで語る(2022年7月30日付)。先輩の“過去の実績”ではなく、先輩が今日何をして、明日何をするのか。現役選手として今まさに挑戦する姿に、若者は心を動かすのだという。
 当然、現役選手には失敗もある。野球でいえば、打率3割の一流選手も、残りの7割は凡打。しかし、時に負けても、くじけず挑戦を貫く姿を、若者は「ストレートに“カッコいい”と受け止め」るそうだ。
 法華経では、仏も「少病少悩」と説く。すなわち、人間社会から遊離して悟り澄ますのではなく、現実の苦悩のまっただ中で、自らも悩みながら、他者を救おうと戦い続ける。その人こそが「仏」なのだ、と。人生の逆境に信心で挑みながら、苦悩の友に救済の手を差し伸べ、寄り添い祈る、創価の同志の姿と重ねずにはいられない。学会では、仏法勝負を体現する「現役選手」が無数に輝いている。(優)