〈世界の体験〉 シンガポールで革靴店を経営――自社ブランドで海外進出を2023年9月22日

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シンガポール創価学会 李光栄さん

 海に近いダウンタウンの一角にたたずむ、白壁のブティック。艶やかな靴たちが、暖色の光に照らされている。
 李光栄の革靴専門店である。

 豊富な自社ブランドのラインナップ。主に、上質な紳士靴に用いられるグッドイヤー・ウェルテッド製法。重厚感がある。靴の上部と底を直接縫い合わせないため、靴底全体の交換ができ、長年、履き続けられる。
 一足の革靴を作るには、200もの工程があるともいわれる。職人の手作業も不可欠だ。

 「お客さまが靴を大切にし、リペア(修理)のために戻ってきてくださる瞬間が、一番うれしいですね」

洗練された店のインテリア

洗練された店のインテリア

 実はベトナムに共同経営者がいる。ベトナムは革靴の輸出金額において、世界屈指の規模をもつ。靴の製造はベトナムで、グローバル市場の開拓はシンガポールで――それが光栄の戦略だ。

 この業界でビジネスを始めて10年。挫折を経て、ついに軌道に乗り始めた。

未来部員に励まされて

 ようやく春が来たというのに、光栄は一人、鬱々と部屋にこもっていた。
 革靴のベンチャーを起業するも、ほどなく破綻。2014年のことである。

 シンガポールでは、あまり革靴の奥深さが知られていない。革靴を買うとなると、超有名ブランドの高価なものか、合皮の安価なものしかない。
 光栄は、そのギャップに商機を見いだしたものの、力不足だった。

 学会員の両親の長男として、不自由のない幼少期を送った。なのに、親孝行どころか、借金を返済している。やるせなさから、家族に当たり散らした。

 そんなある日、シンガポール創価学会の未来部育成の担当者になってくれないか、との相談を持ちかけられる。
 「え、僕がですか?」

 最初は戸惑ったが、若いメンバーの真っすぐな信心に触れるにつれて、自らもまた、後継者として生きねばと前を向いた。

本年5月から、李さん(前列右端)は全国未来部長として奮闘する

本年5月から、李さん(前列右端)は全国未来部長として奮闘する

 とはいえ、仕事の再建に走る最中である。両立に悩み、へたばった。ある時、男子部の先輩に相談すると、こう激励された。

 「パッと燃える“火の信心”ではなく、流れるような“水の信心”を鍛えよう。誰も見ていない所で、どれだけ祈り、努力できるかが大事だ。福運を積む時だよ」

 以来、以前にも増して真剣に御本尊に向かった。未来部員の笑顔から元気をもらいつつ、日夜、革靴や経営について研究し、ビジネスの試行錯誤を重ねた。

 そして挫折から3年。新たな革靴ブランドで勝負に出ることを決めた。

題目で試練に打ち勝つ

 立地の良いショッピングモールに店をオープン。しかし、すぐに大きな試練が訪れた。近くの競合店に、複数のスタッフが流れていってしまったのだ。

 もともと人手は少ない。毎日、午後9時の閉店まで、自ら店に立った。売れ行きも良くない。「やっぱりダメかあ」

 そこへ「今こそ題目だ!」と、毎朝、男子部の同志が唱題会を開いてくれた。皆で池田先生の指針を読み合った。

 強く印象に残った、小説『新・人間革命』の一節がある。
 「大変な理由を数えあげて、だから無理だ、だからダメだと言っていたのでは、いつまでたっても何も変わりません。自分の一念が、環境に負けているからです」

 “まず心で勝つ”と光栄は腹を据えた。スタッフ全員の幸せを祈り、経営者として将来への思いを、直球で伝えた。すると何人かが、店にとどまる決意をしてくれた。

 「結果的に全てが好転しました。スタッフの絆も強くなって」

 19年、光栄は攻めに出る。まず、現在の建物に店を移転。さらにスウェーデンに飛び、初めて、国際的な革靴のトランクショー(商品の発表会)に出品した。

 「良質なレザー、ベトナムならではの鮮やかな色彩、細部にこだわるデザイン。自信を持ってアピールしました」

 ショーは成功を収めた。だが帰国後、予想外の出来事が起きる。新型コロナの感染が広がり、街から人気が消えていったのだ。
 “なぜ今?”――ひどく落胆した。

 だが一方、自社のウェブサイトを見てみると、閲覧数が急激に伸びているではないか。「あれっと驚きました。しかも、ほとんどがフランスからで(笑)」

 ショーでの評判が、口コミで広がっていたようだ。その後も、欧州各国、アメリカなどから、次々とオーダーが入ってきた。

 目に見えない祈りと努力は、目に見える実証として必ず現れる。「信心の力はすごい!」と感動を覚えた。

 来月は、米ニューヨークで行われるトランクショーにも出品する。海外の顧客の反応をもとに、人の足元に光を添えるモデルを作り続けていく。

 光栄は今、10年先を見つめている。
 「このブランドを大事に育てて、アジアのクラフトマンシップ(職人芸)の実力を、世界で証明していきます」

最愛の家族と(前列左端が李さん)

最愛の家族と(前列左端が李さん)

  
  
※取材協力/シンガポール「Soka Times・創価時報」紙

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