〈社会・文化〉 原発事故避難者の支援 国連人権理事会報告書は訴える 清水奈名子2023年8月29日

  • 移動と居住の自由は規約上の権利
  • 重視すべき自己決定権の尊重
  • 公営住宅からの退去は人権侵害

特別報告者の訪日調査

 「国内避難民」という言葉を聞いたことがあるだろうか。武力紛争や政治的暴力、天災や人災などを理由として、住み慣れた故郷を離れることを余儀なくされ、居住国内の別の地域に避難している人々を指す言葉である。このような定義を聞くと、日本から遠く離れた紛争地域に存在する人々が想像されるかもしれない。
 ところが現代の日本社会にも国内避難民は存在しており、その人権が十分に保障されていないことが、国連人権理事会において問題となってきた。2011年3月に発生した東京電力福島第一原発事故では多くの人々が避難を余儀なくされたが、こうした原発避難者に対する日本政府による支援策打ち切り問題に関連し、国連人権理事会は、原発避難者を国内避難民として保護し、支援を継続すべきと指摘しているのである。
 世界の人々の人権・基本的自由の促進・擁護に責任を有する国連人権理事会が、原発避難者の人権状況を注視していることは、「国内避難民の人権特別報告者」であるセシリア・ヒメネス=ダマリー氏が、22年9月から10月にかけて訪日調査を実施したことからも、明らかである。
 23年5月に公表され、7月に人権理事会において報告されたダマリー氏の最終報告書によれば、外務省、法務省、復興庁や福島県の関係者をはじめ、福島県内外の被災者、避難者、支援者等と面談し、調査を実施したという。

福島原発事故の避難者に関する特別報告者の最終報告書が提出された国連人権理事会の会場(2023年7月、スイス・ジュネーブ)

福島原発事故の避難者に関する特別報告者の最終報告書が提出された国連人権理事会の会場(2023年7月、スイス・ジュネーブ)

差別なき支援の必要性

 この最終報告書において特に指摘されているのが、原発避難者の避難元が避難指示区域内外のいずれであるかを問わず、国内避難民として差別なく支援することの必要性である。
 ダマリー氏は、次のように勧告する。
 「福島からのすべての避難者は、避難指示による避難か、原発災害の影響を懸念しての避難であるかを問わず、同じ権利を有する国内避難民である。すべての国内避難民は、どの持続可能な解決策を追求するかについて意思決定するために、必要な情報を取得し、自らの意思によって決定する権利を有するが、これらは移動と居住の自由に由来する」(第97段落)
 原発事故後に公表された放射能汚染マップが示すように、事故による汚染を受けた福島県内外の地域のうち、避難指示が出されたのは一部に限定された。そのため、汚染されたが、避難指示が出なかった地域に暮らしていた住民の多くは、自己責任で避難をするのか、避難せずに生活を続けるのかを選ばざるを得ない状況に追い込まれることになった。
 その結果、避難指示区域外からの避難者が多く発生したが、東電からの賠償はごくわずかであり、政府による住宅支援策は原則として17年3月をもって打ち切られた。さらに避難指示が解除された住民への支援も、打ち切りが始まっている。
 以上のような政府による避難指示の解除や支援打ち切りを受けても、帰還を今すぐに希望せず、避難継続を望む避難者は一定数存在してきた。23年5月時点で、福島県外で避難を続ける人々は、登録されているだけでも2万868人、福島県内の他の地域に避難している人は6147人、登録されていない人々を含めれば、その数はもっと多いと思われる。
 帰還を望まない理由は多様であり、住民意向調査によれば、避難先で生活基盤ができているといった理由から、避難元の医療サービス等への不安、また事故を起こした原発や放射線への不安などが指摘されている。

訪日調査を終え記者会見する国連のヒメネス=ダマリー特別報告者(2022年10月、都内で)

訪日調査を終え記者会見する国連のヒメネス=ダマリー特別報告者(2022年10月、都内で)

政府が果たすべき責任

 最終報告書が特に重視するのは、避難当事者が避難を継続するか、帰還するかについての自己決定権の尊重であり、以下のように指摘している。
 「そして政府は、国内避難民が自らの意思で、安全に、尊厳を維持しつつ、帰還できる、または他の場所に自らの意思で再定住できるようにする条件を整える第一義的な義務と責任を負っている」(同前)
 また、福島県が公営住宅からの避難者の退去を求めて裁判を起こした事案にも言及し、「不本意ながら帰還することを予防する対策がとられないまま、公営住宅から国内避難民を立ち退かせることは、国内避難民等の権利の侵害」であるとの見解を示した(第69段落)。
 他の国連機関による勧告と同様に、特別報告者の勧告に法的拘束力はない。しかし、ダマリー氏が指摘した移動と居住の自由は、日本も締約国として遵守の義務を負う自由権規約上の権利である。また当事者の自己決定の尊重に関しては、12年に成立した「原発事故子ども被災者支援法」において、被災者が自らの意思で決定した選択を適切に支援する政府の責任を明記している。
 最終報告書で言及されている「国内避難民に関する指導原則」を尊重して原発避難者支援を行う意向を日本政府は表明しているが、実行は伴っていない。日本政府が果たすべき責任が、国際社会から問われているのである。
 (宇都宮大学教授)

 しみず・ななこ 東京都生まれ。学術博士。日本平和学会副会長など兼務。専門は国際機構論、国際法。著書に『冷戦後の国連安全保障体制と文民の保護』、『奪われたくらし――原発被害の検証と共感共苦』(共著)などがある。