〈インタビュー〉 倫理的・道義的な視点で核兵器廃絶を訴える2022年9月8日

  • 国際反核法律家協会理事 山田寿則さん

 6月に行われた核兵器禁止条約の第1回締約国会議――。その成果と今後の課題について、山田寿則氏に話を聞いた。(「第三文明」9月号から)
 

核兵器の禁止・廃絶というメッセージ

 核兵器禁止条約(以下、条約)の第1回締約国会議が、オーストリアのウィーンで6月21日から3日間にわたって開催され、私は関連する会議も含めた催しに参加してきました。今般の締約国会議は、ロシアによるウクライナ侵攻のただ中で行われたこともあり、条約の根幹たる核兵器の禁止・廃絶というメッセージをより強く打ち出す機会になったと思います。
 
 成果としては、主に①政治宣言②行動計画③それらを支える決定事項――を含む最終報告書の採択が挙げられます。会議では多岐にわたる合意がなされましたが、特に重要な四つの議論を紹介します。
 
 第一に、核兵器廃絶のための具体的な手続きです。条約には、「具体的な期限をどうするか」「保有国との交渉や検証を担う“国際的な当局”とはどこを指すのか」といった未確定な部分がありました。会議では核兵器の全廃期限を10年以内と定め、例外的に最大5年の延長を認めることが決められました。また、アメリカの「核の傘」下にある国など、他国が保有する核兵器が国内にある場合の撤去期限は90日と定められました。他方、「当局」については、非公式作業部会を設置して検討を進めることが決まりました。
 

 第二に、被害者援助と環境修復です。条約では、被害者援助は核兵器を使用した国ではなく、まずは被害者を抱えている締約国が行い、その上で他の締約国も国際援助を行うという仕組みとなっています。一見すると、被害に遭った国が負担をする点は不合理に思われるかもしれませんが、その根拠は各種の人権条約にあります。核被害は人権侵害にあたり、侵害された人権の保護は、最も身近な当事国が第一次的な責任を負うという建てつけになっているのです。
 
 これに関しても、非公式作業部会が設置され、より具体的な仕組みづくりのための情報収集やガイドラインの作成が行われることが決まりました。とりわけ重要なのは、締約国のみで議論を進めるのではなく、利害関係者である市民社会の代表や実際に被害を受けた地域の代表なども議論に加わることになっている点です。
 
 以上の二つのテーマは、条約の内側、すなわち締約国を対象とする成果です。他方、続く第三・第四のテーマは、条約の外側へのアプローチに関する成果です。
 

キーワードは「汚名化」と「非正当化」

 第三に、条約の普遍化です。これについては二つの方向での普遍化が重要であると確認されました。
 
 一つは、条約に参加していない国々へ署名・批准の働きかけをしていくこと。もう一つは、条約に参加していない国々に対して、国家レベル・市民レベルで、条約の価値・理念・根拠などを啓発していくことです。会議では、とりわけ市民レベルでの価値の啓発が重要であることが確認され、「政治宣言」の中には「公共の良心」との言葉が盛り込まれました。条約は「公共の良心」規範を生み出すものとして重視し、その認識を広めていくことで核兵器の禁止・廃絶を実現するという立場が確認されたのです。
 
 普遍化についての重要なキーワードは、「汚名化(スティグマタイズ)」と「非正当化」です。条約では、核兵器は人道的に許されないという烙印を押し、非正当化することで、地球規模の規範を構築し、核兵器を禁止・廃絶していくとの考え方をとっています。
 

 第四に、NPT(核不拡散条約)との整合性です。今般の会議では、核兵器禁止条約はNPTを補完するものであるという“補完性の原則”が改めて強く打ち出されました。
 
 NPTでは、核五大国(米中ロ英仏)の核兵器保有を認めており、その他の国への拡散を防ぐという“現状の固定化のための条約”である。核保有国などは、NPTをこのように解釈しています。その立場から見れば、核兵器禁止条約とNPTは矛盾しています。
 
 しかし、NPTの第6条では、締約国に核軍縮交渉が義務づけられています。また、条約成立以後5年おきに開催されている再検討会議では、核兵器のない世界を目指すという合意が形成されてきました。それらの観点から、核兵器禁止条約は、あくまでNPTを補完し強化するものであると考えられます。会議では、NPT側と核兵器禁止条約側が協力できる分野を探求していくことが確認され、その推進役を担う国も定められました。
 

市民社会のネットワーク

 第2回の締約国会議は、2023年の11月に開催される予定です。今般の会議によって、テーマごとに非公式の作業部会やファシリテーター(進行促進役)が設置され、常設的・継続的に議論が進められることが決まりました。
 
 今年の8月にはNPT再検討会議が行われます。補完性の議論も取り上げられるはずですが、簡単には合意に至らないと思います。いかに協力関係を結ぶかがポイントになるでしょう。締約国会議で、「核の傘」国であるドイツや中間的な立場であるスイスが、「被害者援助や環境修復に関しては協力できるかもしれない」という趣旨の発言をしたことから、核兵器国と非核兵器国との橋渡しが進むことを期待しています。
 
 被害者援助に関して、核被害の実態は未解明の部分が多く、情報共有もあまりされていないため、国際会議の場で、ある地域の被害者が他地域の被害の実情を知らないといったことがまま見られます。核被害の全体像を明らかにするために、ネットワークの構築が必要です。
 

 日本にも果たせる役割があります。日本には「被爆者援護法」によって被爆者の援助を行ってきた実績があり、そのノウハウを国際社会に提供することは、唯一の戦争被爆国としての使命でしょう。
 
 また、日本は締約国会議にオブザーバーとしても参加しませんでしたが、新たに設置された非公式作業部会などにアクセスすることは可能です。条約の仕組みの中に新設された専門家らによる科学グループに、日本政府として積極的に協力をすれば、国際的な専門家のネットワークづくりへの貢献もできます。
 
 さらに言えば、ドイツやスイスが締約国会議にオブザーバー参加し、核兵器禁止条約とNPTの橋渡しの可能性を示唆している時点で、第2回以降の会議に日本がオブザーバーとして参加できない根拠は、もはや見つかりません。
 
 市民社会の存在も、とても重要になってきます。今般の会議の合意では、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)や赤十字国際委員会をはじめとする市民社会に大きな役割と責任が与えられているからです。
 

 条約や今回の政治宣言では、倫理的・道義的な義務として、核兵器を禁止・廃絶することを強く訴えています。個人的には、日本社会はこの倫理性・道義性というアンテナがあまり機能していない気がしています。一般の人々になかなか伝わらないだけでなく、安全保障分野の専門家の中にも、非人道性の議論は「感情的・情緒的問題に過ぎない」として切り捨てる見方があることも事実です。
 
 日本での市民社会への働きかけとしては、倫理的・道義的な視点を受け入れる土壌を耕していくことが重要です。そのときに大きな役割を果たせるのは、宗教的なバックグラウンドや信仰を持った人々だと思います。
 
 創価学会は戸田城聖第2代会長が1957年に行った「原水爆禁止宣言」以降、一貫して核兵器廃絶の取り組みを行っていると伺っています。戸田会長は宣言の中で、「それ(原水爆)を使用したものは、ことごとく死刑にすべき」と述べ、人々の生存の権利を脅かす核兵器を「魔物」「サタン」「怪物」と呼び、さらには聴衆である青年らにそうした思想を世界に広めるように訴えかけています。
 
 これらは、今般の会議で複数の参加国が述べた「人道に対する罪」との言葉や、先述の「汚名化」「非正当化」という核兵器禁止条約の考え方に見事に符合しています。その点で、極めて先駆的な宣言だったと言えます。核兵器廃絶における市民社会の責任の観点から、今後も活動に期待しています。

 やまだ・としのり 1965年、富山県生まれ。明治大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。国際反核法律家協会理事の他に、日本反核法律家協会理事、明治大学法学部兼任講師なども務める。共著に『核不拡散から核廃絶へ』『核抑止の理論』(憲法学舎・日本評論社)、共訳に『核兵器の違法性―国際司法裁判所の勧告的意見』(早稲田大学比較法研究所叢書27号)などがある。