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〈危機の時代を生きる――創価学会学術部編〉第10回 遺伝子スイッチという希望2021年4月6日
- 山口東京理科大学副学長・薬学部教授 井上幸江さん
私たちが祖先から受け継いできた遺伝子。そこには、感染症に打ち勝つ力も秘められている。「危機の時代を生きる――創価学会学術部編」の第10回のテーマは、「遺伝子スイッチという希望」。生化学、分子生物学が専門で、山口東京理科大学の副学長・薬学部教授の井上幸江さんの寄稿を紹介する。
祖先から受け継いだ生命の設計図
遺伝子――それは、私たちが祖先から受け継いだ宝です。
人類が地球に誕生して約700万年。人類はこれまで、さまざまな環境の変化に適応して生き延びてきました。そして、その中で蓄えられた生き抜く力は、生命の設計図である遺伝子に刻まれ、次の世代、また次の世代へと受け継がれてきたのです。
もちろん、その中には、感染症に立ち向かい、乗り越えてきた歴史も含まれます。
今、感染症の猛威が世界を包んでおり、不安に感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、私たち一人一人の生命には新型コロナウイルスにも負けない力が備わっています。加えて、世界の研究者たちがワクチンや治療薬の開発に当たっており、少しずつ、立ち向かう武器もそろってきました。
だからこそ、決して希望を失わず、3密(密閉・密集・密接)の回避やマスク着用など、今できる感染対策を丁寧に続けていきたいと思います。
人類はDNAの99.9%が同じ
今回は遺伝子スイッチがテーマですが、その前に、遺伝子について話を進めます。
私たち一人一人の身体は、約37兆個ともいわれる細胞から成り立っており、その一つ一つの細胞の核に、遺伝子が入っています。遺伝子は、私たちの身体を形づくる情報を持っており、これを設計図として生命は誕生するのです。
もっとも、遺伝子は私たちが祖先から受け継ぐものの全てではなく、一部でしかありません。全体は「DNA」と呼ばれ、DNAの中に占める遺伝子の割合は、わずか1・5%ほどと言われています。
人間のDNA(ヒトゲノム)の解読は、2003年に基本的に完了しました。しかし、世界の人のDNAを調べてみると、さらなる謎が残りました。どんな人を比べても、99・9%が同じDNAを持っていたのです。
人間は太りやすい体質の人もいれば、食べても太らない人もいます。病気にかかりにくい人もいれば、かかりやすい人もいます。99・9%同じなのに、なぜ、こうした違いが生まれるのでしょうか。
DNAの二重らせん構造の模型で遊ぶ赤ちゃん。どんな人のDNAを比べても、わずか0・1%の違いしかないことが分かっている ©Tetra Images/Getty Images
謎を解く鍵は、DNAの遺伝子以外の部分、つまり98・5%の部分にありました。そこには、遺伝子に働き掛けるスイッチのような役割があり、そのスイッチがオンになるか、オフになるかによって、遺伝子の働きが変わることが分かったのです。簡単に言えば、食べても太らない人は、脂肪を燃焼するスイッチがオンになっており、病気にかかりにくい人は、免疫を高めるスイッチがオンになっているということです。
その上で、遺伝子配列によって、先天的にオンになりやすい人、オフになりやすい人がいることも事実です。しかし、多くの場合、このスイッチは、常にオンではなく、むしろオフになっていて、必要に応じてオンになります。それによって、さまざまな種類のタンパク質が作られ、体内で多彩な働きをするのです。
私は、大学院生の時から40年以上、このスイッチのオン・オフの仕組みを明らかにしようと研究してきました。しかし、仕組みの謎に迫れば迫るほど、その複雑さを感じてきました。
例えば、人間の身体を構成するタンパク質は熱に弱く、風邪などで熱が出ると変質してしまうのですが、体内には、その変質を元に戻すタンパク質が存在することが知られています。これはヒートショックプロテインと呼ばれ、大腸菌から人間に至るまで、あらゆる生物が備えている生命の防御機能です。この一つを取っても、分かっているだけで10個くらいのスイッチが関係しており、いつオンになり、いつオフになるのかは正確には解明されていません。
私たちの生命の巧みな適応力
スイッチのオン・オフに関わっているのは、さまざまなストレスです。ストレスと言うと、精神的ストレスを思い浮かべるかもしれませんが、生物学では、精神的なストレスを除き、温度の変化や紫外線といった物理的ストレス、置かれた環境に酸素や水分があるかといった化学的ストレス、細菌やウイルスなどの侵入によって引き起こされる生物的ストレスを意味します。
私たちの生命は、こうしたストレスを敏感に感じ取り、遺伝子スイッチを切り替えます。
例えば、インフルエンザウイルスが侵入すれば、体温制御のスイッチがオンになり、ウイルスが増殖できない温度に発熱して、感染拡大を抑えてくれるのです。
このように、私たちの生命は、たとえ自分が感じていなくても、巧みな適応力で身体を一番良い方向に持っていこうとしてくれます。
ただ、必ずしも全てのスイッチをオンにすれば良いわけではありません。身体に良い働きをする遺伝子もあれば、逆に悪影響を与える遺伝子もあるからです。
しかし、たとえ悪い働きをする遺伝子であっても、生命活動には必須です。
例えば、がんを引き起こす遺伝子も、本来は、細胞の分裂や増殖の制御に関わるタンパク質を作っています。問題は、その遺伝子の変異によって働きが変わってしまうと、病気を引き起こす原因になってしまうことです。
また、良い働きをする遺伝子でも、それが強まり過ぎると、逆に身体に害を及ぼすことがあります。大事なことは、オンとオフを適度に働かせることなのです。
行動と心の持ち方が運命を変える
これまでは、両親から受け継いだ遺伝子は、変化することはなく、その遺伝子の働きによって、私たちの体質や才能も決まると考えられてきました。
事実、先天的にがんになりやすいといった遺伝子配列の人もいます。しかし、がんを抑える遺伝子スイッチの働きがオンになれば、がんにならない可能性があるのです。むしろ、運命は決められたものではなく、スイッチのオン・オフによって変えられることが分かってきました。
では、私たちは、このスイッチのオン・オフを調整することができるのでしょうか。
それには、私たち自身の行動が鍵を握っています。
健康維持には適度な運動・睡眠・食事が重要と言われますが、バランスの良い生活習慣によって、スイッチも適度に保たれると考えられています。
また、個人的には、心の持ち方も大切であると考えます。
「病は気から」と言われますが、私たちの心と身体は密接な関係にあり、精神的に弱っていると病気にかかりやすく、逆に心が喜びで満たされていると、身体に元気がみなぎり、病気にもかかりにくくなるといった経験は、皆さんもお持ちでしょう。
心と遺伝子の関係は、科学的には解明が始まったばかりですが、研究が進めば、絶対に生き抜いてみせるという強い心を持ったり、夢や希望を持って前を向いたりすることによって、生命力を高め、免疫力を高めるスイッチが働くといったことも、分かってくるかもしれません。
興味深いところでは、ハーバード大学から、祈りという行為によって、2200以上の遺伝子スイッチが働くという研究成果が発表されています。これは、祈りの重要性について、深く考えさせられるものでしょう。
残念ながら、それらのスイッチが働くことで、人体にどのような影響を及ぼすのかは、まだ分かっていません。しかし創価学会は、祈りを根本とした信仰で、現実に多くの人々を救い、世界192カ国・地域に広がりました。この事実は揺るぎないものです。
海外では“祈りが遺伝子スイッチを働かせる”との報告も(写真は2017年6月、オーストリアで)
誰にも等しく豊かな可能性が
科学の発展によって、生物の謎が少しずつ解き明かされています。一方、iPS細胞(人工多能性幹細胞)やゲノム編集など、遺伝子操作のさまざまな技術が開発された現在でも、1個のウイルスはもちろん、生命を“無”からつくることはできません。
また、生命の神秘を知ったとしても、その生命とどう向き合い、いかに生きるべきかについては、科学では教えてくれません。そこには哲学が必要なのです。
「何のために生まれてきたのか」――私は青春時代、この答えを求めて学会に入会しました。
いかなる苦しみがあっても、前を向いて生きる。
どんな時も笑顔を絶やさず、目の前の一人のために心を砕く。
そうした同志と活動する中で、人のために尽くしていくのが、私の使命だと思えたのです。
日蓮仏法は、一人一人に「仏の生命」が備わっていると教えていますが、遺伝子レベルで見ても、人間は99・9%同じであり、全ての人に差別なく豊かな可能性があると言えます。時には気分が落ち込み、自信が持てないと思うこともあるかもしれませんが、どこかの遺伝子スイッチを適切に調節できれば、誰しもが生き生きと輝くことができるはずです。
私は、これまでに出会った国内外の全ての皆さまへの報恩感謝を胸に、そうしたスイッチの仕組みを明らかにし、一人でも多くの人が希望の人生を歩んでいけるよう、これからも研究を重ねていきたいと決意しています。
<プロフィル>
いのうえ・さちえ 医学博士。広島大学薬学部卒業、同大学院修士課程修了。山口大学大学院医学研究科博士課程修了。山口大学医学部医学科助手、米スタンフォード大学客員研究員、山口大学医学部医学科専任講師、安田女子大学薬学部教授などを経て現職。創価学会総山口副学術部長。地区副婦人部長。
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