「カートが「アバウト・ア・ガール」を引っさげて入ってきて、こう言ったんだ。『俺は何度も何度もビートルズを聴いてたんだ。それでこの曲ができたのさ』それから演奏し始めてね。それで俺は『あぁ、かっこいいな。じゃあ俺は軽快に歩くようにポップなベースラインを弾くよ』って言ったんだ。それはグランジとポップの中間みたいなブリッジだったね」 (クリス)
「ビートルズで一番好きだったのは、間違いなくジョン・レノン。決まりだよ。ビートルズのどの曲のその部分を誰が書いたかは知らないけど、ポール・マッカートニーが俺を包み込んでくれるのに対して、ジョンは明らかに心乱れていた。そこに共感できたんだ」 (カート)
「ポールの話になるとあたし、ムキになっちゃうのよ。ポールの有り難さを何時間でも議論してられるわ。 例えばポールがいなかったら、「ヘルター・スケルター」はなかったんじゃないか、とかね。そしたらソニック・ユースもいなかったんじゃないか、ってね。あたしたちの間ではお馴染みの議論なの。
カートはいつも『そう?でもコードを弾いてたのは誰だ?』って言うけど、『そんなのどうだっていいわよ。あの曲を書いたのはポール。なのにだれもポールの味方になってあげないんだから』って」 (コート二―)
「みんなヨーコが本気で嫌いなの。アメリカじゃ『ヨーコする』っていうのが動詞になるって知ってた?『お前は俺をヨーコする。お前は俺をダメにする』って男の子が言うのよ。一時は女性を抑圧することでもあったわ。だけどあの人は、イギリスのマスコミからの人種差別に耐え、世界最高のバンドを解散させたという非難に耐え、その男を骨抜きにしたという人々の概念に耐え、しかも最悪なことに、一番の親友にして夫であり、生き甲斐であった人に、自分の腕の中で死なれてるのよ。世界中のマスコミは彼女に謝るべきだと思う。彼女は大いなる威厳をもって事に当たってきたんだから。彼女は一度も守りに出ていないはずよ。あたしみたいにインタビューで『あんたに迷惑かけちゃいないでしょ!!!』なんて言ったこともないし、ずっと口を閉ざしているじゃない」 (コート二―)
About A Girl
I need an easy friend
I do, With an ear to lend
I do, Think you fit this shoe
I do, Won't you have a clue
都合のいい女が必要なのさ
そう、聞き上手なタイプが好みだ
そうさ、君なら俺にピッタリだと思うんだけど
本当にそうなんだ、そう、思わないの?
Take advantage while
You hang me out to dry
But I can't see you every night free
...I do
君も俺を都合よく使ってくれてかまわない
気に入らなきゃ俺を放置してたってかまわない
でも、毎晩、逢うのむずかしいな、時間は無限に存在しない
ホント、そうだよ
I'm standing in your line
I do Hope you have the time
I do Pick a number too
I do Keep on dating you
俺は、いつだって君の味方でいるよ
もっと、一緒にいたいと、思ってるよ、本当さ
ああ、もう時間が経つのあまりにも早いよ
ああ、このデートの時間がずっと続いたらいいのに、ね
Take advantage while
You hang me out to dry
But I can't see you every night free
... I do
俺を都合よく使ってくれてかまわないよ
機嫌が悪い時は俺をシカトしたってかまわない
でも、毎晩、逢うのむずかしいんだ、時間はカネだって
俺は、そう教わったんだ
I need an easy friend
I do With an ear to lend
I do Think you fit this shoe
I do Won't you have a clue
都合のいい女が必要なのさ
こんな言い方、失礼かな?俺の話を聞いてくれるだけでいいんだ
そうさ、君は俺の理想的な女性なんだ
本当にそうなんだ、君は魅力的だ?
Take advantage while
You hang me out to dry
But I can't see you every night,
no I can't see you every night...
free
しばらく君と別れるつもりはないね
俺はマゾだから、冷たくしても無駄さ
それでも、君に毎晩、逢いにいけないよ、
なんてこった、君に毎晩逢えないなんて・・・
俺に、自由は・・・ないんだ
I do...
それでも、わかれないぜ
I do...
つきあってる意味がない?
I do...
話を聞いてくれてるだけで、いいんだけど
I do...
失礼かな?
TXIT:Nirvana
外資系の銀行のパーティーがあったので、おれはあの女を連れていった。麻布の広い家を改装したようなレストランを貸し切って、ニューヨークから呼んだジャズのコンボが中庭で演奏しているような、そういったパーティーだった。待ち合わせの場所に、あの女は灰色のスーツを着てきた。もちろんおれが買ってやったイタリアもののスーツだったが、実によく似合っていた。髪も短くセットしていたし、ストッキングも普通だったし、上品なハイヒールを履いて、おれの友人のトレーダーやファンドマネージャーとベトナムのリゾートやナパのワインやフェルメールの絵の話をしていた。そういうパーティーにはわけのわからない女がたくさん来るから誰も勤め先なんか聞かないし、名刺を出すような野暮な男も女もいない。男はたいてい金融界の人間で、互いに知っている。女は、お前も知っているとおりいろいろだ。有名な為替トレーダーもいるし、ファンドに何億も投資している実業家もいる。民放の女性キャスターも来ていたし、テレビや雑誌のグラビアで見かける顔もあったし、それに札束に群がる異様にきれいな正体不明の女たちもいた。そういう連中にあの女は溶け込んでいた。
あの女のパーティでもシャンパンの飲み方や話し方や笑い方を眺めていて、それまで何度かおれが言ったことをきっと理解してくれたのだろうと思った。バンコクのオリエンタルホテルのインドアプールやハワイ島のプライベートビーチや西麻布のイタリアンレストランで、おれはあの女に言った。こんなところに来ている奴はみんなクソだ。だがこいつらは仕事で認められているし金を持っている。ファーストクラスに乗って海外旅行をすることに何か意味があるわけじゃないが、快適なんだ。こいつらは快適な人生を送っていて、それに意味がある。おれは四十年近く生きてきて、こいつはクソじゃないっていう人間には数えるほどしか会っていない。要するにこの世の中にはクソが多いということだが、同じクソなら快適な人生を送っている奴のほうが可愛い。お前には今何かが現在進行形で刻まれている。お前の肌からは快適な場所にしか存在しないものが染み込んでいるんだ。試しに昔の仲間に会ってみろよ。きっと自分の変化に驚くぞ。おれはあの女に何度かそういう話をした。マキはただうなずいて話を聞いていた。自分が可愛がられたいと思う男に可愛がられて、快適な暮らしをしている女はいつの間にかからだにしみついてくるものだ、おれはずっとそう思っていて、今でもそう思っている。おれは人間のコミュニケーションは為替のやりとりと同じで、神に見守られていなければ成果は期待できないと思う。カシミアのセーターを着ている人間と化繊のセーターを着ている人間では人格が違うとか、おれはそういうことを言っているわけではない。最悪なのは、カシミアのセーターが欲しくてしょうがないのに、化繊のセーターしか買えない連中だ。より正確に言えば、カシミアのセーターを買う以外にプライドを持てないくせに金がなくて買えない連中だ。貧しいというのは哀しいことだとおれはあの女に何度も言って、あの女は何度もうなずき、おれは一人の女を決定的に変えてしまうという快楽に酔っていた。
TXIT:村上 龍
