小学校のころ、いじめをする子が必ずいた。
やり返せない子を狙って。
最初はそんなのが目障りで、
見るに堪えなくなったら
「見ててむかつくから」
という理由でそのいじめっ子に殴り掛かっていた。
両成敗ということで先生には叱られるが明らかに
僕の肩をもっている感じなので
逆に自分のストレス発散にたまに利用させて
もらっていた。
普段ほとんどケンカなんかしたこともないのに
このパターンではなぜだか毎回勝ててしまう。
「あれ?こんなに弱いんだ。。」
ちょっと驚いた。
いじめっ子は弱いのかも?
コテンパンに殴ったいじめっ子はすごくわかりやすく
次の日から僕に媚びを売ってくるようになる。
言葉ではっきり理解したわけではなかったが
いじめっ子のメンタルはもっともっと弱いことにこの
あたりで気づいていた。
高学年になるころには僕のスタイルは少し進化
していた。
クラスのメインストリームはどうせ何かをディスる
ことでしか成り立っていないことは明白だった。
僕の大嫌いな陰口を一切用いずにコミュニティを維
持できていたのは実は普段いじめられている側の
人間だけなことにもこの頃気づいた。
でも彼らは不器用でメインストリームを作るのが苦手
なのも見て取れた。
僕の選んだスタイルは、より楽しい分け隔てない
メインストリームを提供して楽しそうにやっていると
皆がよってくる、それを取り込むというもの。
結構うまくいった。僕を中心に僕の右側にはおとなしい
連中、左側にはクラスのメイン系の連中、僕を経由
するルート以外はなかなか発生してこなかったけど
雰囲気は改善した。
中学になったころ思った。どうしてもクラスのメイン系
の連中は口数、声の大きさ、運動はできるけど頭が
あんまりよろしくない。おとなしい連中と仲良くさせた
くても、近づけると自然と劣等感を感じさせてしまう。
おとなしく頭の良い子をノー天気化するのが速いか
ノー天気な子にもうすこし理屈で考える癖をつけさせ
るのが速いか、僕は後者を選んだ。
どんな子でもたまーには良いひらめき発言をするのでそ
こをすかさず褒めて褒めて。クリエイティブって楽しい
ことなんだなーって意識を持たせる様努めた。
成績オール4の子の成績をオール5にするのは大変
なことだけど、オール1の子の成績をオール3にする
作業はすごく簡単だった。皆目に見えてすくすく育って。
まー今振り返っても居心地の良いクラスが出来上がった。
「全部僕が導いたんだ。あー楽しかった」と勝手に思
わせてもらっている。
高校生以降は偏差値でレベル分けされるのであまり
そういった努力が必要な環境に出くわすことがない。
時は流れ、
もう一度そのことを考えなきゃいけなくなるのは
社会に出てお客さんと対峙したとき、
子どもが生まれて地域と対峙したとき、
外国の戦争ニュースを見ただけでも考えることができる
想像力の豊かな超人もごくたまーにいるけど。
そして、世の中には小学校高学年か中学校レベルで
止まっている人がまだまだ膨大にいることを知る。
そういう私も中学あたりからあまり変わっていないので
あいかわらず体育会系の人からたまに飛び出すひらめき
発言を褒めて褒めて。
その繰り返し。
