仕事を始めてからずっと、事務所の机の上に置かれていた履歴書。私のものでは無い。ずっと気にはなっていたけれど、個人情報だし、なるべく見ないように触らないようにしていた。


役所に提出する書類を作り上げた頃、社長が突然「これ。あなたの他に面接に来た人よ。」と、ずっと放置されていた履歴書を手渡してきた。

「この人ね、ガンなのよ。今、再発していないかの検査結果を待ってるの。それで、結果が良ければ雇って欲しいって言ってね。外に出る機会があれば気持ちが張るから、お給料無しでもいいから、って言ってね。でもね、仕事してもらうのに、給料無しなんて訳にはいかないじゃない。」と言う。


他人の履歴書を誰の目にも触れられるようなところに放置し、それを第三者に提示し、その人の病気の経緯を軽々しく口にする。社長は個人情報保護法を知らないのだろうか。コンプライアンスという言葉は、もちろん知らないだろう。頭の中は、クラス全員の住所や親の職業まで明記されたクラス名簿が当たり前だった、昭和のままだ。常識を疑ったし、こんな感じで私の履歴書も気軽に他人に晒しているんだろうと思うと、非常に不愉快だった。


面接の時から繰り返し聞かされている話は、自分の息子の離婚歴とその原因となった嫁の病気についてや、お付き合いのある司法書士の妻の勤務先の詳細、社長のご近所さんのお孫さんが障害児であること、などなど。個人情報のオンパレードだった。


後日、放置されていた履歴書の方の面接結果について、電話をかけてきたハローワークの人にも「あの人ね、ガンよ。」から始まり、私に話した内容とほぼ同じことをまくし立てたあと、「そういうのは、そちらでちゃんとしてくれないと。雇ってから再発しましたって言われても困るじゃない。それにね、顔色も悪いわよ、やっぱり。」と言っていて、やっぱりこの人、最低だと思った。