大きな二つの心臓の川 アーネスト・ヘミングウェイ
 
 私の好きな小説のひとつに、ヘミングウェイの「大きな二つの心臓の川」という短編小説がある。
 
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 この短編は、1925年に発行された「われらの時代―男だけの世界―(In our time)」の短編集に収められた一遍であるが、英国国教会の祈祷書にある「おお主よ、わららの時代に平和を与えたまえ」との一遍から引用されようであるが、この短編集は暴力を強く意識させる平和とは遠いものであり、この表題を付けたのはヘミングウェイのアイロニーによるとも指摘されている。(注1
 
 短編集では、それぞれの短編の導入部に、闘牛士が死んでいくシーンや、さまなどの暴力や死を連想させる短文が掲載されている。
 
 私見だが、中学生の頃に大藪春彦に夢中になったことがある。ヘミングウェイ文学は、暴力を励賛するイメージがあり、当時のアメリカでは、ヘミングウェイは大藪春彦のような通俗なイメージを持たれる作家だったのかもしれない。(大藪春彦の作品を否定するものではない。今は読まないが・・・)
 
「大きな二つの心臓の河」では、ヘミングウェイ自身が主人公の「ニック・アダムス」として描かれている。
 
 なんていうことのない、ただ、ニックが単身で休暇中にリュックをしょって川でキャンプをして釣りをするだけの小説で登場人物も一人であり、特にストーリーはない。
 
 最初の日は汽車でミシガンの山奥のシーニーの町に移動して、食事もとらずに頑張って山奥まで行き、テントを設営して、パスタの缶詰とパンを食べて寝る。
 翌日、ニックは朝まだ寒いうちにバッタをたくさん捕えて、ビンに入れてエサを確保する。
 皮ケースに入れたパックロッドとリールにフライラインを使うが、バッタをエサにする。
 ブルックトラウトが対象魚であり、山中には多くの鱒がいる。
 大きな鱒を一匹釣りそこなうが、適当に釣れる。釣れた鱒はリリースをして、食べる分の一匹だけ確保する。
 
 それだけの小説だが、細部にこだわった描写や、第一次世界大戦の戦争経験やトラウマなど、深淵な隠喩にとんだ推敲が重ねられている。
 
 少々、読みすぎの感があるが、例えば、swamp(沼地)の単語配置が、別の短編の「拳闘家」での表現に重なり、ニックの死への恐怖を隠喩しているとも指摘されている。(注2
 
 この作品は、1924年にパリで執筆されたもののようだが、この釣りの素材となった釣りは、ヘミングウェイが19199月に19199月に第一次世界大戦中イタリアでの赤十字の救急業務から帰国した後、友人のアル・ウォーカーやジョン・ペンテコストとミシガン州アッパー半島のシーニーの町近くにあるフォックス川と呼ばれる川で行った釣りキャンプだったようだ。彼の友人たちとの旅は、おそらく、森の奥に入った若者たちの興奮とジンクスに満ちた旅で、そのときに、二ポンド半までのものも混じった野生のカワマスを
200匹以上も捕え、そのことを自慢していたとのことである。
 
 この作品が書かれる前にヘミングウェイは迫撃砲弾と機関銃の銃火で負傷し、下半身に幾百もの榴散弾の破片をうけてミラノで入院したことがあったことがハウエル・ジェンキンズ宛の手紙で報告されている。(注3
 
なお、「大きな二つの心臓の河」では、その表題であるBig Two-hearted Riverで釣りを行った情景に見えるが、実際のBig Two-hearted Riverはあまり釣りに適していないようで、詩趣があったとの理由でシーニーの町から30キロ離れた、Big Two-hearted Riverの河川名を使用したようだ。
 
ところで、ヘミングウェイの息子であるジャックによると、ヘミングウェイ自身は、ウェットフライの釣りを好み、「二個か三個のウェットフライで早瀬を釣る」のがなによりも好きだったようで、特にマックギンティ、コッキボンドウ、ウッドコック・グリーン・アンド・イエローの三種を好んだ。そのほかにもイエローサリーやロイヤルコーチマンが混じることもあったようだ・
 
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ウッドコック・グリーン
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マックギンティ
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イエローサリー
 
さらに、ジャックは「ヘミングウェイにとっての釣りは、いわば宗教のようなものです。」とのコメントを付している。(注4
 
(注1)上記の情報は鹿児島経済大学社会学部論集「新村元志」氏「ヘミングウェイ作「二つの心臓の大きな川」の一考察」
      より引用
(注2)大妻女子大小林祐二氏論文
(注3)ヘミングウェイ釣り文学傑作選集 ニック・ライアンズ2000.6解説より引用
   なお、カワマスとはブルックトラウトのこと
(注4)ヘミングウェイ釣り文学傑作選集 ジャックヘミングウェイ2000.5解説より引用
 
 以降、順次、私的な和訳を載せていきたい。(作業中)