最近思うこと

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ひろみちにいさんが、規制の必要性を訴えている。


* 2011年9月27日よりは従来のチャイルド・レジスタンス(CR)機構を持たない100円ライターやおもちゃのような形状を備えるライターは販売禁止となる。

タバコをやめてから随分たつので、気にならなかったが、旅館や民宿でサービスのライターが大量においてある。不自然に思ったが、どうやら、CR機能がついていないライターが販売できなくなったので、それを処分しているようだ・・・・

最近の過剰とも思える消費者保護の規制や判例には随分と驚かされる。本当に常識を疑うような判例も・・・

規制緩和で変わったこと

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コンビニで餅投げ・・

規制緩和でコンビニが氾濫した
もう、昔の話になるが、国内の基幹産業や伝統産業を保護するため、多くの企業に対して、業務内容の細部にわたって制限を行ったり、許認可を必要とする規制が掛けられていた。
 しかし、外国からの市場開放の圧力により、これらの規制が緩和がされた。
 「規制緩和」は、それまで国が行ってきた経済秩序を、民間の競争に基づく自律的秩序に転換しようとする改革であった。
 たとえば、1992年の大規模小売店舗法(大店法)の改正により、ジャスコやイトーヨーカドーなどの大型店舗は、地方都市へ進出した。また、食管法などの改正により、コンビニでも酒・タバコ・切手・葉書が販売できるようになり日本中にコンビニのが拡散した。
 いわゆる「価格破壊」と「取扱商品数の増加」により、消費者の利便は向上したがこれらに対応できない地方の小店舗は淘汰されていった。
 産業構造は大幅に変化し資本力のある強い企業が、弱い企業を圧倒する競争が激化し、いわゆる「格差社会」を生み出した。
 弱者との格差拡大は「構造改革の痛み」として、あらかじめわかりきっていたことだが、私の想像力が乏しかったのか、日本中に同じようなスーパーやコンビニだらけの国になることはイメージができなかった。
 良くも悪しくも、規制緩和の結果が不可逆の変化を示した。

その後、リーマンショックがあった。

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2009 年 9 月 15 日に「100年に1度」といわれる金融危機の象徴となっている「リーマン・ショック」があった。
そもそも1980年代までは、公共機関、国、保険会社の資金運用や各国間のお金の移動は制限されてたが、米国の規制緩和で金融市場が急速にグローバル化された。
いわば、規制緩和の結果としてリーマンショックのような取り返しのつかない破綻や損失を生むこととなった。
2008年9月にリーマンブラザーズが負債総額6,130億ドル(約64兆円)の米国史上最大の破綻に至り、それを引き金に世界が同時に不況に陥った状態がいまも続いている。
この金融危機の主な原因は、アメリカの低所得者向けサブプライムローン(住宅ローン)の破綻であり、そのCDS(証券化金融商品)が、サブプライムローンを構成する資産を担保として発行(損失をヘッジする商品)する商品であったが、このCDSは保証と利回りがよいため、アイスランドの諸外国の公共機関や世界中の金融機関まで売れまくっていたことが背景にあったようだ。
住宅価格が下がりサブプライムローンの不履行がどんどん増加するとサブプライムローンの価値が下落し、CDSを高レバレッジで運用していたファンドや金融機関も破綻するところが発生し、世界的な株価下落を引き起こした。
結果として、ついには米国証券業界4位の大手であるリーマン・ブラザーズが倒産し、デフォルトしたサブプライムローンをCDSで保証したAIGのような保険会社なども支払いに耐えきれなくなりCDSは不良債権化された。
このように、90年代から続いた金融規制緩和の流れは、リーマンショックにより世界に大きな損失を与えた。
みだりに規制緩和による金融商品の自由化を行うことの結果を改めて認識し、長く続いた様々な規制緩和の潮流は抜本的に見直されるように感じる。


いきすぎた消費者保護

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ソニー生命を訴え、高裁で掛金を払わず生命保険を解除されたことを不服とする契約者の主張が認められた。

平成21年(ネ)第207号生命保険契約存在確認請求控訴事件の高裁判決は、簡単にいうと、ソニー生命の商品について掛金を払わなくても保険会社は保険契約を継続させなければならないという判決である。(あくまでも地方審であるが・・)
あらかじめ、約款に保険期間や掛金の支払いについて約定があっても、消費者を保護するためには、無催告で解除してはならないという判決文である。
噴飯ものの風変わりな判決であるが、消費者契約法10条の解釈をはじめとして、消費者に圧倒的に有利にとられる判決が出ている。
この判例は、まだ高裁判決であるが今後の動向によっては保険会社は契約者対応に過剰ともいえる高いコストを負担しなければならないこととなる。
この判例は過剰な消費者保護を象徴する極端な例だと感じるが、この流れは時代の潮流といってもよいように感じる。

恐ろしいほど強力な行政指導
もう随分前になるが、金融機関などに対して国は通達によりさまざまな企業の行動を制約・規制してきたが、いまは事務ガイドラインや監督指針というようにゆるやかな名称に替えて検査・監督を通じた指導が行われている。
この事務ガイドラインや監督指針の基本は「個人情報保護法」などの消費者保護関連法の整備に併せてどんどん項目が追加され、とどまるところはない・・
行政指導とは「行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導,勧告,助言その他の行為であって処分に該当しないもの」をいう(行政手続法2条6号)。
行政指導が行われても,指導を受けた者に権利や義務は発生しないため無視しても法的に何も問題は生じない。
しかし、実際はこのような指導に対して公表を恐れる企業は理不尽ともいえるマスコミや風評の制裁を恐れて従わざるを得ない。いわんや金融機関などは商品の許認可権をもつ省庁や県に逆らえるはずがない。
行政からの検査や指導への対応に企業は無視することのできない高いコストを負担しなければならない様子を示して久しい。

もはや消費者保護は時代の潮流でとまらない
具体的にゆきすぎた消費者保護を例示することは枚挙にいとまがないが、瑣末な内容が多いため省略するが、過剰ともいえる消費者保護の潮流は止まる気配がない。

いずれは、行政指導によって自動販売機で缶コーヒーを買うにも糖尿病のリスクを説明する重要事項説明装置付の自動販売機が街に並ぶこととなるかもしれない・・・

今後、民法の債権関係法が改正されるという。
民法改正にあたって法務省の改正作業チームに過激な消費者保護論者が参加するとなると恐ろしい世の中になるように感じる。

過剰な消費者保護を憂う

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規制緩和と消費者保護は両輪だったはず

規制緩和は企業や事業者に参入機会や投資機会を増やし競争をさせることで経済を活性化させることが目的であり、その弊害として発生する恐れがある弱者である消費者を保護するために消費者保護に関する法整備(消費者契約法、金融商品保護法など)や行政監督・指導を強化する「両輪」であったはずだ。

世界の流れはサブプライム、リーマンショックの破綻による金融破綻により、急激な規制緩和が不可逆な損失を生むことに気づき改めて時代の潮流である規制緩和の流れが見直されるだろう。
しかし、いまのところ国内の消費者保護規制は見直されるどころか、依然として規制を強化する流れは止まらないように感じる。

過剰な消費者保護は、社会のコスト高を生み、国内産業の競争力を失わせる・・・・

もとより、政治に関心はないし、意味のない行政批判を行うつもりもないが、理不尽な規制や行政指導ひいては不可解な判例などに疑問を感じる。

いつか行政の内外を問わず賢人たちが均衡のとれた消費者保護を導いてくれると思いたい・・・

結び
○ 90年代から続いた規制緩和の流れは、リーマンショックにより世界に大きな損失を与えた。世の中は、みだりに規制緩和を行い参入障壁や金融商品の自由化を行うことの弊害を認識し規制緩和の流れは見直される。
○ 規制緩和と両輪であった消費者保護は、いきすぎると100円ライターのように不便な社会を作っている。
○ 金融機関は過剰な消費者保護のため一昔前から感じると異常な規制や行政指導が行われている。
○ 過剰な消費者保護は、結果として商品のコストを上げることとなり、規制緩和の効果による価格低下よりも高い消費者の負担を強いることとなる。
  リーマンショックで規制緩和の流れが止まっても消費者保護の流れが止まっていないことを憂う。
    

<本文で、消費者保護法10条の高裁判決を引用したが、その後、最高裁判決がこの奇妙な判決を差し戻した。>
最高裁は原判決を破棄し、差し戻しました。「本件約款において、保険契約者が保険料の不払いをした場合にも、その権利保護を図るために一定の配慮をした上記イのような定めが置かれていることに加え、上告人において上記のような運用を確実にした上で本件約款を適用していることが認められるのであれば、本件失効条項は信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものに当たらないものと解される」(最高裁平成24年3月16日小法廷判決)