Imperfection について。
前回、Book club に参加してきたことを語りました。 今日は Imperfection 、 完璧じゃないことについて思いつくことなど書いていこうと思います。
私は日本育ちのアメリカ在住民です。 アメリカ市民でもあります。 人生を2つの文化に影響され、ハザマになり
時にはこの2つの文化の外の枠から出たりしながら
人生を生きています。
時にはこの2つの文化の外の枠から出たりしながら
人生を生きています。それぞれの文化のいいとこも悪いとこも自分に合うか合わないかで判断するようになりました。 なぜかというと、社会というのは洗脳してしましやすい集団になる事もある、という事に気づいたからです。 もちろん “完璧” にかわせてるわけでもなく、ただそういう事に気づいてきたので
我が道を行く
事にしてるんです。
日本の文化ではそれがいかにもダメ
かというのは、日本で育った私には理解できています。 が、いつも 普通よりちょっと変わった子だった私は、昔からそこまでダメだとは思っていませんでした。
かというのは、日本で育った私には理解できています。 が、いつも 普通よりちょっと変わった子だった私は、昔からそこまでダメだとは思っていませんでした。ただある一定の場で育ってずーっと
こうしなさい、
ああしなさい、
それはダメです、
みっともない!
などのしつけは、自由な子供心をダメにすると思います。 いまだにダメージを受けた子供 (インナーチャイルド) を私の中でたまに発見します。 こういう時に、完璧じゃなくていいんだ!


と思うようにしてます。



と思うようにしてます。アメリカに長年住んでいると、日本に戻るといろんな文化の違いに気付きます。 そしてその違いに気付くと、いかに日本の文化には完璧主義なやり方が組み込まれているかが見えてきます。おもしろいもので、日本文化に慣れている日本人や日本在住の人は気づかないのだろうな、と反応を見ながら思わされます。
例えば前回日本に帰る時、LAX 



ロサンジェルス空港から JAL の成田行きに乗って帰りましたが、搭乗待ちを JAL の搭乗口でしている私にとっては、




ロサンジェルス空港から JAL の成田行きに乗って帰りましたが、搭乗待ちを JAL の搭乗口でしている私にとっては、あるおもしろい出来事に出くわされました。
JAL は日系の会社ですので、搭乗口にいるスタッフは日本人です。 まず係りの人が一生懸命乗客者を整列させようと働きかけています。A の1〜40番はこの列、40〜60 はこの列、Bは隣の列、といった感じで声に出して乗客を誘導しながら列に並べようとしています。 そしてその光景は 昔運動会の練習などで線をはみ出している生徒は先生からたたかれたり、帽子が横を向いてたりしている生徒は怒鳴られたりというような子供の頃の光景を思い出させてくれました。 おかしなことに十何年以上もたったいまでも思い出せるなんて不思議です。 が、JAL の職員の制服やきちんと整頓させようとする試み、線を乱した人達にちゃんと並ぶように注意しているところなど、そういえばアメリカでこういう光景は見たことないのでおかしくなってきましたが、ちょっと観察して見る事にしました。





一番おもしろいと思ったのはここはアメリカなので、もちろん利用者はアメリカ人もたくさんいます。 でも容赦なくアメリカ人や日本人以外の人達に向かっても、
Please! Can you line up here if you’re A 1-40???
と丁寧さは伝わってきますが指図しているのがみえてきます。 私もその列の中に並び始めますが、極め付けにうけたのが、私のすぐ後ろにいたアメリカ人カップルの会話。
Soooo organized!!!
めっちゃ 並べたがるね〜!
JALの職員は真面目に一生懸命仕事をしてる中、そんなのどうでもいいアメリカ人達の後ろでのたわいもない会話に大爆笑でした!



そう。ここで見えてきたのが日本という組織の完璧主義。 (この場合はここの航空会社とも言えます。) 文化の一部となってしまっているのでそこの文化出身の人たちはひたすら、ただただ義務をこなしていきます。それが当たり前。 逆を言えばしないのは常識はずれか乱し物。 心理的に言えば、組織の一員としての自分は組織そのものであり、自己のアイデンティティなどはありません。 これが私の観察結果です。
でもここでは外部の物 (ここでは私の後ろにいたアメリカ人達) はこれを目撃しながら自分達の慣れない光景なので、不思議になってきます。
なぜそこまで並べようとするのか? ちょっと線が曲がっているぐらいどうでもいいのになぜこの人はまっすぐに並べさせたがるのか?
これが文化の違いなんでしょう。



特定の文化で育つと価値観も埋め込まれていくので、一方ではちゃんとしなくちゃいけない事があるが、外部の文化からしたらどうでもいい事になってしまう。 ただ日本の文化においては完璧主義的な考えや思想まで埋もれていて、なかなかそこからできれない人達も多いのではと思うんです。 それが私の観察結果の感想です。
ということで自分の中に組み込まれている洗脳的な完璧主義を見つめながら取り除いている昨今です。 ちょっとしたことでも気付くようになります。自分がおもしろくなってもきます。
私ってこんな些細な事にまだ駆られたんだ!
とか、
え? なんでこんなことでイライラしてるんだろ?
とか、洗脳されてる完璧主義が作動するとイライラが増えるんですよね。 完璧に達成しようとしてしまうからです。そして他人を簡単に批判するようになります。 て事は自分のことも批判してるんですよね。でも完璧って理想であって、理想と現実は意外とギャップがあるものなんです! 完璧なんて多分、存在しない。 完璧とは完全じゃない自分を知って生きていくことだと思うんです!
こう考えるとちょっと楽になってきてイライラも減少。 笑いが増してくる。 もちろんまだ完璧じゃないから完璧を目指してしまうけど、それでもいいんだなと。
Imperfection の本を読みながら、自分の心を整理することができました。 他人の出来事も観察しながら完璧でない自分を許していく。 違った観点からも色々見えてきて、自分も緩やかになっているのが見えてくる感じです。
