● 光と闇 天降る星が奏でる物語 邂逅編 3
光流との邂逅を遂げた翌朝、明け六つ頃(日の出頃)に白露は起居した。
爽やかな風が、桜のほのかな薫りを運んでいる。
何事もなければ白露の朝は、決まってこの流れで進んでゆく。
軽く朝餉を摂り、沐浴して後、陽光に向かい瞑目するのが日常となっている。
光波旭天流の極意でもある陽光の力を得るための、欠かせない儀式である。
瞑目を終えた白露は、大きく深呼吸して調息し。
出立の準備を整えて光流の住まう長屋に赴く為、玄関で身支度をしている。
五つ過ぎ(約8:00頃)であろうか、近隣の子弟達が手習を学びに続々とやってきた。
ここでは身分に分け隔てなく、百姓の子も町屋の子も武家の子も、等しく扱っている。
子供たちが白露を見つけて、どっと集まり。
「しらつゆ先生、おはようございます。」
と元気に挨拶してきた。
「しらつゆ」とは白露のことである。
色白細身に端整な面持ちからか、子弟たちやその親たちも含め、親しみを込めて、こう呼んでいる。
「はい、 皆さんおはようございます。」
その中の一人、百姓の子である善吉が、白露が腰に提げている三振りの太刀を見て、
「あれれ?しらつゆ先生どこかへ出かけるの??」
と、くりっくりの可愛い目をまあるくして訊いてきた。
「はい。 今日は所用があり、知人の住まいへと赴くところです。 」
「そっか~‥‥‥、今日は先生いないのか~‥‥‥。」
子供たちは皆一様に、残念そうにうなだれている。
「今日は出かけますが、また明日からは共に励みましょう。
今日は大先生もみてくれるそうですよ。」
大先生とは、隠居した十全のことである。
子供たちも幾分か元気を取り戻し、
「うん、わかった。しらつゆ先生いってらっしゃい。」
みんなが白露を見送ろうとする最中、奥から龍毅が現れた。
「白露、今から出立か?」
その声を聞いて振り向いた子供たちが、一斉にこう叫んだ。
「きゃーー、光波の"鬼仁王"様だーーー!!みんな逃げろーーー!!」
子供たちは、あちらこちらで叫びつつ、各々の手習部屋へと駆け込んでいった。
「はい。 今から出立致します。
先生は相変わらず子供達から怖がられていますね。」
この情景をみて、静かに微笑みながら、しみじみ漏らす白露へ、
「な~に、これ位で丁度良いのだ。
怖いものの一つや二つあった方が、子供達の為にもなるでな。」
事も無げに、こう平然と言い放つのは、如何にも龍毅らしいといえる。
「誠に以って、なるほど。
流石は先生、深くお考えのことでありましたか。」
「ま~よい。それより先程親父殿と話していたのだが。
おぬしが会う八州殿を、一度当家へ連れて参ってはどうかとの仰せであってな、どうだ?」
突然の龍毅の申し出に、少し思案して後、白露はこう告げた。
「心得ました。 かように伝えてみます。
10年前とは異なり何分変わった男にて、その旨は含んでおいてください。」
今の光流がどの様な状況かは、まだ判然としていない故、白露は即答を控えた。
昔の光流が、あまり人前に出るのが得手ではない事を思い出していたからでもある。
「うむ、相分かった。気を付けてな。」
大地に根を下ろすかの如く悠然と双手を胸前で組み、威風堂々と見送る龍毅に、
「では、 行って参ります。」
着流しを翻し、颯爽と白露は出立していった。
桜の花びらが舞う爽やかな涼風が吹き抜ける中、心地好い春の陽射しを背に、大空で雲雀が一羽、その美声を誇らしげに奏でていた。