2011・1・24(mon)

いじめは無くならないものであるのは分かっているけど、

ニュースなどで、いじめを苦に命を絶つ子供の事を知ると、とてもとても悲しいです。

そして、苦しい気持ちになります。

私も中三の時に、いじめられていました。

中二の三学期の終わりの頃から嫌な予感はしていたのですが、三年の一学期からいじめはスタートしました。

いじめる側はゲーム感覚です。

取り敢えず、いじめた子が泣いて、悪くもないのに謝ってきたら、いじめを続けるかどうか考えるといった感じで・・・。

中学生は家と学校が十五歳の人生のほとんどを、占めていると思います。

まだ高校生だったらバイクや車の免許やアルバイトをするなどの居場所を探せるかもしれないけど・・・。

真面目に生きてきた十五年間を、たたき壊されボロボロになるのは、

十五歳の私にとってとてもつらい事でした。

だから、「中三の一学期の終業式が私の卒業式!」と思い、一学期だけ何とか通いました。

それから、夏休みの後は、学校に行かない事を選びました。

親友だと思っていた子が、一番強くいじめてきた事もあり、

本当にもう誰も信じられないと思い、家族にも心を閉ざし気味でした。

何より「この辛さや苦しさ、悲しみは一生忘れないっ!」

と思っていました。

そして、「もう、生きていたくない!」とも・・・。

さて、昨年三十三歳になりましたよ、私。

そう、生きているのです。

そして、十五歳の私が忘れる事はない、と思っていた。

いじめられた経験も、100%の記憶としたら、35%ぐらいにまで忘れています。

まぁ、生きてこられたのは、第一に家族の支えがあったからです。

そして、精神科の先生の支えがあったからです。

もう十五歳の自分を思い出す時に「懐かしい・・・」と感じるまでになりました。

十五歳の私、よく頑張ったっ!あっぱれ!(ちょっと古い・・・。)

どれほど歯を食いしばっていた事か・・・。

もちろん、いじめられた記憶が0%になるのかは分からないけど、

その痛い記憶も三十三歳の私は、十五歳の私に、

「その当時の私なりの生きてきた、まだまだ短い人生の一コマに過ぎないけれど、生きていれば

本当にいい事があって、つらさもあるけれど、生きていなければ出会えない喜びや嬉しさがある

からねっ!」と伝えたくなります。

励ますこともがんばれとも言いたくないけど、年月はかかるけれど素敵な事は待っているよと、

いじめの記事を見る度に思ってしまいます。