中学時代ではまったこととえば、二年生と三年生の頃の文化祭での、「テーマ版」の作成です。たたみ一畳ほどの板に、メッセージ性のある絵と少しの文字を描くもので、それぞれ、金賞、グランプリになりました。絵は小学時代に習っていたものの、図画工作の成績は、ずっと2か3で、中学に入って美術になり、はじめて4になりました。絵よりも彫り物など工芸系の作品で個性があると評価されての話だと思います.
そういうわけで、まったく自信のない状態ではじめたテーマ版作成であり、別に一人で創ったわけではなくて、何人かのチームでやってました。
絵のうまい下手も重要ながら、色使いのやさしさやメッセージ性もかなり評価ポイントとなっていることが分かりました。金賞を取った二年時は絵のうまい人は参加してなかったので、多面的に見る目のある人が審査員をされてたんだなと思います。
中学三年生という「受験の準備をしなくて大丈夫か?」という時期に、友達が言い出しっぺとなり、四人で同人誌「小説中毒」を発刊し、全10回発行しました。発行といっても印刷とかはしないで、一冊だけ創ってそれを回し読みする形でした。
紙は生徒会室から盗んできていたようです。全部、黄ばんだ再生紙です。
その中で、はじめて小説「男女戦争」を連載しました。友達二人もそれぞれ小説を連載していて、特に弘前高校に進んだ友達は、文才があって、完成度の高い作品を書いていました。今、音信不通ですが、どこかで物書きをしていたらいいなと思っています。もう一人は小学校の教員になっています。子供もいます。黒石高校からでは無理なんじゃないかと思っていましたが、なんとか26才でなれたみたいです。
頭が良すぎて、成績が伸びない子の気持ちがわからない教員も多いので、彼みたいな成績優秀でもないのに教員になった方というのは貴重で、子供達の気持ちがよくわかり、「難しい、わからない」ということを理解した上で丁寧な指導ができるのではないかと考えます。出世は結構学歴とかも見られそうなので難しいのかもしれませんが、片隅を照らす教育者として活躍してほしいなと思います。
