スマホが故障している最中におこった

旦那のヘルニアが再び悪化したのだ
今回は重症だ
3日経っても4日経っても
改善する見込みはない
そのうち寝付けない寝てられない
と訴えている
仕事も3日休み
一日出たかと思えばまた休み
早くに病院をススメたが
痛いときに行っても何も出来ない
安静にしてるしかない
そう言って行こうとしない
が、一週間経って行ったら
手術を勧められたと。

その勧められた日
私は
自己血貯血の採血日だった

手術するなら二週間の入院
私とかぶる
子供達に両親のいない日を作っていいのか?
あと一時間もすれば
採血の予約時間
お昼ご飯を十分に食べておかなきゃ
ならないのに喉を通らない

旦那のあの状況では手術して
少しでも痛みがなくなることを
優先してやるべき
だが、手術したところで痛みが
消えない人もいると聞く
退院したからって日常生活送れても
子供達の世話は無理でないか?

私はどうしたらいいか…
やはり私の股関節にはジャマが入るんだ

股関節で初めて受診しようと決めた日
子供が熱を出した
股関節専門医を受診するようにと
予約された日に
再び子供が熱をだす
手術が必要と分かり義父母の畑の
手伝いを軽くしてもらおうと思った矢先に
もう1人手伝いに来てた人がやめた
義父の入院
旦那のヘルニアの再発
股関節に負担がかかるばかり…
穴ポコが大きくなるんじゃないかと
ヒヤヒヤだった
手術日程が組まれて
もうカウントダウンが始まったと思ったら
今回の旦那のこのヘルニア悪化

もう私に手術はよせ!と
言っているのか?と聞きたくなるほど…

この時
私のスマホは故障中
代替え機にはほとんど連絡先を入れてなく
誰にも相談できず
自分の母親に電話した
とにかくここまで来たなら
採血だけはしときなさい
手術は諦めるんでない
そう言ってた…
泣きたくて仕方なかった
旦那にはしょっちゅう痛がるから
手術に踏み切ったら?ということは
今までさんざん言ってきていた。
私の手術のことちゃんと考えていて欲しかった

こんな土壇場になって…
悔しさだけが増幅する

結局
母の言う通り採血だけは済ませた
採りにくい血管で苦労かけて
なんとか400mlを貯めた
多少フラつくも
昔から献血で400mlは採っていたし
すぐにヘッチャラ〜

その夜
家族会議を開いた

『いつか治る』だから手術しない
『このまま、こんなのが続くわけがない』
『治らなかったら、その時はその時だ』
『なんとかなる』
そんなうわ言をほざいていたので
攻めてやった
「いつかっていつよ!?」
「続くカモしれないでしょ!」
「その時はその時でどうすんだよ?
ちゃんと今から考えておかなきゃダメでしょ」
「なんともならないからこうなってんでしょ」
「ちゃんと子供達のこと考えて!」

色々と『ああ言えばこう言う』タイプの
旦那なので
それに輪をかけて言ってやった
八方塞がりにしてやった

こん時
私にもここまで言い負かしてやる
強い気持ちがあったんだなー
って、自分を再発見。
つうか、
やっぱり母親って子どもの事が絡むと
強くなるんね。
引けなくなるもんね
子供達の事を任せたいのに
任せたい奴が動けず痛みに苦しんでいたら
子供達の事任せたくないもんね
確かに旦那の両親もみてはくれるが
高齢だよ。安心は出来ないしょ。

「このままじゃ安心して手術になんか
臨めないよ!入院なんかしてられないよ!」

私の言葉↑
もう必死だった
そして辛かった

旦那がヘルニア再発してから
『痛い』
ずっと口癖のように言ってた
私だって痛いのに痛いって言ってる人の
前でアピールするかのようには言えなかった
痛くても我慢して
旦那は自分の痛みにいっぱいになって
私の股関節のことなんか忘れてる
誰も気遣ってなんかくれない
『私は大丈夫』と言い聞かせてきた
この痛みとは10年の付き合いだ
なんとかなるかも
医師が言ってた
『来年には歩けないカモ』
余命宣告と同じで
独歩寿命が1年と言われたけど
2年もったよ
3年もったよ
なんて、そんな風になるんでね?
って思ってみたりして…

とにかく
どうにか旦那が手術を決断してくれた
「お前も手術受けろよ」
と言ってきた
                  イラっとした

旦那の病院も札幌
入院時の付き添い
術前説明
手術日にも駆けつけて
そして、そのごのお見舞い…
良かったね、こんだけ来てもらえて
私が予定通り手術するとしたら
旦那は長時間の座位は禁物
当然長距離の運転はダメ
しかも1ヶ月半。
つまり
私が北大で入院している間は
こちらに来れない
旦那が無理なら子供達も面会には
来れない
私は一人で入院して
一人で手術に臨まなければならない
私はいつまでどこまで頑張ればいいの?

もう疲れたよ。
何もかも投げ出して
子供達だけを抱きしめたい