自分が、小学校の時辛かったこと。
まだ心のどこかで乗り越えられてないような気がしていて、
それでも、ちょっとずつ乗り越え始めてる気がしていて。
僕は自分のことしか考えてなかったけど、
もしかしたら、周りの人も、心配してくれてたんよね。支えてくれてたんよね。
ありがとう、の言葉だけでは、済まへんのやけど、
その時、支えてくれた人がいるから、今の自分があるんよね。
ありがとう。
その時支えてもらったことを、今度は自分が返していく番なんだな。
自分が、小学校の時辛かったこと。
まだ心のどこかで乗り越えられてないような気がしていて、
それでも、ちょっとずつ乗り越え始めてる気がしていて。
僕は自分のことしか考えてなかったけど、
もしかしたら、周りの人も、心配してくれてたんよね。支えてくれてたんよね。
ありがとう、の言葉だけでは、済まへんのやけど、
その時、支えてくれた人がいるから、今の自分があるんよね。
ありがとう。
その時支えてもらったことを、今度は自分が返していく番なんだな。
辛すぎて、なんて言葉にしていいかわからん。
妊婦の方の受け入れ先が見つからず、っていう千葉の話。
どの病院も、受け入れられないくらい病床がないのもわかる
何とかならんかったんか。
新しく生まれてくる命、待ちに待った命。
また1人、失われてしまった。
誰に責任があるとか、そういう話をしたいんじゃない。ただ、ただ、何とかならんかったんか。と思ってしまう。
新しい命のこと、お母さんのこと。
帰り道に思った
あ、僕、今年で先生になって、10年目だ
色々悩んできたわな
自由と好き勝手の違い
保育の環境
手遊び、壁面、ピアノ、ダンス、、、
ようわからんことが、いっぱいあって、いっぱい勉強した。
何日も徹夜して、衣装も作った
劇の台本作るために、動画も見た、演劇も見に行った
家で、画用紙をいっぱい切った
新しく採用になった先で、悩みすぎて、心がぽきっと折れたこともあった。
懇談で伝えた内容が悪くて、クレームも、もらった
劇の内容が、好き勝手過ぎて、アンケートにボロカス書かれたこともあった
みえていると思った、子どもの姿が見えてなくて、
あの子のここが課題や、配慮が足らんのやって指導ももらった
土日を潰し、何日も徹夜して作ったレジュメを
「ごめん、わたしの導き方を間違ってた」の一言で片付けられたこともあった
動画で公開保育したら、俺の声かけが全然なっとらん
と言われたこともあった
保育感があなたにはない、とも言われた。
そんなんが積み重なるたびに、
自分って全然できてないんや
全然子ども見れてなかったんや
と思い、もっと勉強しようと思い、
たくさん保育を見に行ったし、研修も受けたし、たくさん本も読んだし、得た知識を実践してみようとしたり、
なんでもやった。
でも実らんことが多かった。
知らん間に、子どもの課題ばっかり見て、良いところなんかちっとも、見てなかった
もうそんなんが全て嫌になった。だからやめた。
もうこの職から離れようと思った。
はなれて気づいた。
やっぱ子どもが好きやったわ。その気持ちが力になる。自分が笑顔になると、子どもも笑顔になる。
子どもの課題が、いくつもあっても、
君のペースで乗り越えようや。ずっと頑張り続けなくていい。時に休んでも、サボってまうときがあってもいい。 ボチボチ行こうよ。
最近、そんな言葉を、子どもにも保護者にも言ってる自分がいる。
まあ、そんな感じや。
多くの先生が、ずっと前から、気づいてるであろう子どもが好きという気持ち。
もう失いかけてた。
僕は、10年目にして思い出した。
少し前まで、職場が変わった、みたいな感覚やったけど、10年の節目で、また新しいスタートを切った気がしてん。
そう思っていると、今までのしんどかったことも、試験が残念だったことも、全部この先につながってる気がしてん。
最初、10年もかかって、そこかいな!みたいに思ったこともあったけど、
それが、僕のペースな気がすんねん。
はあ、、今までしんどかったなあ だけやなくて、
あの日々が今に生きてる。って気がして。
やから、なんか、今、明るい。楽しいとは似てるけど、ちょっとちゃうねん。
支えてくれている人、応援してくれている人、先生って呼んでくれる子たち、みまもってくれている人、への気持ちは、忘れたらあかんよね。
たくさんの人の輪の中いる僕
やから、人のため、真面目、謙虚、ぼちぼち
ありがとう
ふと思ったにしては、ちょっと長いな
お腹減った。