十里の旅の第一歩、百里の旅の第一歩、
同じ一歩でも覚悟がちがう。
三笠山にのぼる第一歩、富士山にのぼる第一歩、
同じ一歩でも覚悟がちがう。
どこまで行くつもりか。
どこまで登るつもりか。
目標が、その日その日を支配する。
これは、明治生まれの社会教育者・後藤静香氏(1884‐1971)の言葉である。今年亡くなった横浜高校の渡辺元智監督は、プロ野球の西武や大リーグで活躍した松坂大輔投手に、「目標が、その日その日を支配する」を、毎日毎日そらんじさせたという。そのことがあって、松坂投手は大成したのだろう。野球の名監督と称される人は、野球だけを教えているわけではない。
松井秀喜氏には、高校野球甲子園での5打席連続敬遠という“松井伝説”がある。一度もバットを振ることなく最後の夏を終えた。1992年8月16日のことである。その松井氏は、高校時代、山下知茂監督からどんな教えを受けたかについて、「勝って甲子園に出ることは大事な目標だし、素晴らしいことですけど、それ以上に大事なことがあるんじゃないかと。いつも言われたのは、そこに花があるとしたら、花は一番目立ってきれいだし、スターに見られる。でも、それを咲かせているのは土の部分だと。うちの生徒は土のような人間になってほしいといつも言っていました」と語っている。偉大な名選手には、すばらしい指導者がいらっしゃったのだ。
松井秀喜氏は、このほど巨人軍の監督に就任した。92年夏の甲子園大会で、高知・明徳義塾高の投手として松井氏を5打席連続敬遠で歩かせた河野和洋氏(現帝京科学大野球部アドバイザー)は「少子化が進み、野球人口が減ってきている中、巨人に松井新監督が誕生した。野球界、スポーツ界にとって、現役時代にスターであった松井選手のような夢のある、明るく、楽しみな選手を育ててほしいし、日本一になってほしい」とエールを送った。私は、これから松井秀喜監督が、どのようなメッセージを、選手やファンに発信されるのか、そこが大いに楽しみである。
ところで、ヤクルトなどの監督をつとめた野村克也氏は、「人の気持ちを動かすことは、最も困難なことだ。これは選手としてよりも、監督になって痛感した。チームリーダー、と呼ばれるような選手は、自分自身のプレーで、背中でチームを引っ張っていくことができる。しかし監督はプレーで見せることはできない。言葉で、心で、人の気を動かすしかない。心のこもった言葉が、人の気を動かす。それがチーム、組織にとっての基礎となる」(『野村克也の「菜根譚」宝島社』99頁)と述べている。
名選手を生んだ名監督の名言やメッセージに、教えられることや学ぶことは多い。