中国の古い笑い話である。
昔、ある男が宿屋に泊り、朝(あした)になって出かけるとき蓆(むしろ)を盗んで逃げた。宿屋の主人が男を捕えて役所へ突き出すと、役人はその男に対して死刑の判決をくだした。同僚たちが、「それは少しひどすぎる」というと、その役人は首を振って、「いや、法律の書物に死刑にせよと書いてあるのだ。だからこそ『論語』にも『朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり』と記されている」。「道」(とう)と「盗」(とう)、「夕」(せき)と「蓆」(せき)は同音。それゆえ、朝、蓆を盗んだものは死刑にすべきだという解釈をしたのである。(駒田信二編訳『中国笑話集』講談社文庫、189頁)
同音であれば、意味を取り違えるという誤りは良くある。しかし、漢字で読めば、取り違えは少ない。
ところで、NHKラジオを聞いていたら、韓国では今、大人の漢字学習が増えているそうだ。逆に言えば、漢字を知らない大人が多くなったということらしい。1970年代以降、民族主義の高まりなどを受けて、新聞や教科書から漢字が消えて、音をあらわすハングルだけで記されるようになった。正規の学校で漢字を学んだ人は、60歳を超えていて、漢字を読めない、書けない大人が増えているという。そのため、会社にある書類の漢字が分からない、漢字が読めないために間違って上司に叱られたということなどから、漢字学習を始める人が多くなっているそうだ。
そもそも、ハングルは、朝鮮語を表記するための表音文字で、1443年に朝鮮王朝の世宗大王によって制定された。ハングルの名前の意味は「偉大なる文字」で、庶民でも読み書きできるように作られた文字と言われている。今年、李在明(イ・ジェミョン)大統領は、読解力特別委員会を設置して、教科書への漢字の併記も含めた対策の是非を検討するとか。しかし、10年ほど前、朴槿恵(パク・クネ)大統領の時代に、政府が漢字教育を徹底したことがあったそうだが、次の文在寅(ムン・ジェイン)大統領になると白紙撤回されたという。子ども、親、教師の負担が増えるというのがその理由らしい。韓国国内ではハングルを誇りとする人たちの、漢字使用に反対の声が根強いというが、この議論、さてどうなるのだろう。
その点、日本の文字文化は独特だ。そもそも縄文社会では読み書きする文字はなかったが、四世紀末か五世紀初頭、百済からの使者によって漢字がもたらされ、その漢字から、奈良時代の公卿で学者の吉備真備が、「漢字の偏と旁(つくり)を取ってカタカナを作り、空海が草書体からひらがなを作ったといい、それらを漢字と併用することで日本語の表記に生かしてきた」(興膳宏著『杜甫のユーモア ずっこけ孔子』岩波書店、78頁)とされる。その漢字も、「音読みと訓読みに自在に変え」るという「前代未聞の工夫をほどこし」た(松岡正剛著『日本文化の核心』(講談社現代新書、43頁)。先人の手によって、今日の漢字(音読み、訓読み)、平仮名、片仮名、ローマ字といった独特の文字文化を編み出したのだった。
私は、多種多様な日本の文字文化を駆使するのに、未だに苦労し悩まされている。誤りも勘違いも日常茶飯事。しかし、日本に生まれてよかったと、つくづく思う。この年齢になって、今更、漢字を学ばなければならないとしたら、考えただけでも発狂しそう。