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 思い起こせば、『菜根譚』との出会いは偶然だった。というのも、神奈川新聞の一面【照明灯】欄(1990年2月2日付)に、その一文が引用されていて、自然に目がとまったからだ。そこには次のようにあった。

『菜根譚』という随筆集に討論の心得を述べたくだりがある。人々が信じてくれないからといって、自分の意見を曲げてはならない。自分の小さな感情から、人の意見を無視してはならない。打算のために全体の利益を傷つけてはならない。私情を晴らすために世論の力を借りてはならない。

  この一文に心が動かされた。きっとこの随筆集には、人生訓や処世術といった有益な教えが数多く綴られているに違いない。そう思って、さっそく書店で買い求めたところ、読み進めるうちに、すっかり虜(とりこ)になってしまった。爾来、『菜根譚』は私の手許から離せずにいる。

 『菜根譚』は、人生に悩んだとき、人間関係に疲れたとき、マネージメントやリーダーシップに行き詰まったときなどに、折々適切にヒントや励ましを与えてくれる。人生を歩むための有益なアドバイスやメッセージが凝縮されており、私は『菜根譚』を言葉の宝石箱と呼んでいる。

 この書が多くの人々の心に響くのは、著者の境遇や生きた時代に関係していると思う。著者・洪自誠は、四川省新都県の出身という以外、詳しいことは分かっていない。ただ、科挙(官吏登用試験)に受かった優秀な役人で相当な地位にあったが、皇帝のでたらめな政治や権力闘争に嫌気がさして、田舎に隠棲した人という人物像が浮かび上がってくる。

 また、『菜根譚』が書かれた時代は明代の万歴年間(明一四代皇帝神宗の年号)。当時、中国では、政治システムや法体系が、一応、完成はしていたが、明代後期となると、朝廷では宦官の専横を許して、政治は混迷を深めるばかり。また、モンゴル族や倭寇といった外敵に悩まされて、万里の長城の補修など国を守るための経費が膨らみ財政も破綻する。そこで、たびたび増税して人民を苦しめたが、それも官僚たちの私腹を肥やすばかりで、農民の暴動や反乱、一揆等があちこちで多発していた。そのような著者の境遇や生きた時代が、『菜根譚』をいっそう味わい深いものにしているように思える。

 『菜根譚』は箴言集である。一つの文章は3行から5行程度で、多くは2句または3句から成っており、手元の今井宇三郎訳注『菜根譚』(岩波文庫、2007年)では前集222項、後集135項の計357項から構成されている。

 題名の「菜根」は宗(1000年頃)の時代の「汪信民」の語で、「人ヨク菜根ヲ咬ミエバ、則チ百事ナスベシ」から命名された。菜根は筋が多く堅いので、これをよく咬みうる者は、ものの真の味を味わいうる人物である。また、菜根という語には、貧困な暮らしという響きがあるので、その貧苦の生活に十分耐えうる人物であってこそ、初めて人生百般の事業を達成できる、という意味が込められているという。

『菜根譚』は、儒教、道教、仏教の三つの思想が融合されているところに大きな特徴がある。自らを厳しく律して学ぶことを説く儒教、自らの人生にのんびり自足する哲学である道教、心にやすらぎをもたらす仏教の、それぞれ個性ある教えが絶妙にブレンドされていて、何とも言えぬ妙味を醸し出している。とにかく魅力たっぷりなのだ。

 私は今、後期高齢者の扉の入り口に立っている。しかし、恥ずかしくて大きな声では言えないが、この歳になっても人間がまだまだ未熟で出来てないから、未だに『菜根譚』の教えに学んでいる。