最近、ようやく日本と古代イスラエル(ユダヤ)の話を調べ始めました。前から気になってはいたのですが、奥深いので少し距離を取っていたのが日ユ同祖論のです。色々と調べ始めてからも個人的にこの「日ユ同祖論」は違うと考えています。なぜなら万年単位の縄文時代を含めた歴史がある日本ですから、時代の違うイスラエルの話を持ってきて単純に同祖論というのはやり過ぎだからです。
 
それでも、相当興味深いことがあります。大掛かりな話になってもいけませんので、まずは相撲について。
 
当方は相撲に批判的です。神事とはとんでもなく乖離してしまった相撲そのものにも批判的です。娯楽というのなら割り切って、神事らしさを出さねばいいのですが、これもどうも違っています。当然、不祥事があってもまったく話にならない閉鎖的組織相撲協会も日本の伝統的な技に関わる資格は無いと思っています。こうして日本の相撲には興味をもちませんが、歴史的なことや壮大な話は別です。
 
相撲は国技でも何でもないと書いてきていますが、それでも長い歴史があるのは事実です。相撲好きなら当然知っていると思いますが800年という長い歴史がある吉田司家。現代の相撲の規格は全て吉田司家が決めたことですが今回はそういう話ではなく、イスラエル(ユダヤ)なのです。それもヘブライ語の話です。
 
相撲は、「すもう」なのですがこの語源はヘブライ語という説があります。これは元貴乃花親方も発言しています。相撲はヘブライ語の「シュモー」が語源だというのです。
 
これは旧約聖書にも予言者「ヤコブ」を意味する言葉として出てきています。ヤコブはイスラエルの祖と言われており、シュモーは確かに似ています。ヤコブは天使とシュモーをしたという記述もあり、ここから神事であるという考えが生まれたとも言われるのです。日本でも相撲は本来、神事です。
 
だから勝ち誇ったり、実力ではなく奇妙な技、らしくない技は恥ずかしいことなのです。某横綱を含めまったく分かっていません。そして力士には美しいことを求めるのに、自分たちはドロドロという組織も嫌なのはもちろんです。繰り返しますが単なる娯楽なら国技と言われる必要はありませんし、ひとつのスポーツとして割り切って見れるようにすべきです。
 
では、その他はどうなのでしょうか。
 
ハッケヨイ、ノコッタ。この言葉の意味が分かりますでしょうか。そのままだと八卦良とでも解釈してしまいそうですが、ハッケヨイは「発気揚揚」から来ており、ノコッタは「残った」でそのまま土俵でのことというのが一般的です。しかしながら、ヘブライ語にも同じ音があるとしたらどうでしょう。
 
ハッケはヘブライ語でもハッケと同じ音であり、その意味は、「投げつけよ、勝つこと、打つこと」となります。ヨイは「私の神、やっつけよ」。ノコッタはヘブライ語で「ノカッタ」となりほぼ同じ音。その意味は、「大丈夫」というようなことです。
 
つまりハッケヨイ、ノコッタはほぼ同じ音でヘブライ語が存在しているのです。相撲という固有名詞から始まりこんな偶然があるのでしょうか。
 
力士は塩をまきます。これは邪を払う、現実的には塩での衛生という意味もありますが、ユダヤでも塩は邪気を払うもの、力を貰う神聖なものと考えられています。もともとはユダヤでの儀式から来たのが塩をまく行為だと言われているのです。
 
また、土俵そのものの考え方がユダヤにもあるのです。日本人には見慣れた俵の丸い形ですが、イスラエルで丸い場所は神と繋がる神聖な場所という意味があります。
 
相撲の稽古で、テッポウがあります。これは柱をひたすら打ち続ける稽古。イスラエルでは柱のことを「アシラ」といい神を意味しています。似ていますね。また、古代メソポタミヤ文明からの出土品には力士のように裸で廻しをし、四つに組む姿が見つかっているのです。実にそっくりです。
 
そしてモンゴル相撲に見られるように、アジア各地に相撲がほぼ似たようなスタイルで残されていることからも、イスラエルから古代ユダヤ人が東に向けて伝えていったのではないか、その最終地点が日本では無いかという考え方があるのです。
 
ここから少し話を広げます。日本語とヘブライ語で、音がほとんど同じで意味が似ている言葉が3000もあると言われています。カタカナもかなり似ているところがあるのです。
 
日本語の帝「みかど」はヘブライ語で「ミカドル」
「測る」はヘブライ語で「ハカル」
「火傷」はヘブライ語で「ヤケド」
このように3000もあるというので驚きです。
 
そして極めつけは国歌「君が代」は、ヘブライ語で読んでも意味が通じるというのです。
クムバヨワ テオニ ヤチヨニ サッサリード イシィノ イワオトナリァタ コカノムーシュマッテ
こうして日本語の歌詞をヘブライ語式で読むことが出来るといわれています。最初の部分だけ触れておきます。
クムバヨワは、クム、バ、ヨワに分けられ、
「クム」は立つ、「バ」は来た、「ヨワ」は古代ヘブライ語でヤハウェの意味で発音されたと考察されています。これはエホバとしても知られるイスラエルの神のこと。
 
そしてその意味は以下の通り。
「神のもと来て立ち上がれ シオンの民 神に選ばれし者 喜べ人類を救う民として 神の預言が成就する 全地で語り鳴り響け」
 
それでもまったく無関係であり、日本は独自の長い歴史があるのだという右側の人たちには不快なことでしょうが、古代の人々は現代人が思うよりもはるかに広く交流していたことこそ真実ですので、冷静さと柔軟な頭が必要となるのです。