他を悪く言って自分をよく見せようとの手口がある。時に嫉妬を背景に持つ。
悪く言う相手を作ることで自分を信用しろ、相手に近づくな、相手を貶める、問題をすり替えるということだ。身近なところ、職場内でもあることで、出世競争などでも相手の足を引っ張るために使われることがある。
下劣な行為であることは言うまでも無い。
信用できる人が言っているのであれば、自分が問題に巻き込まれないために話を聞く価値はある。よって批判がいけないと言っているのではない。だが、自分をよく見せるため、問題をすり替えるために、他を悪く言って下げようというのは、繰り返すが下劣な行為である。この違いがある。
チャイナ、コリアという国。そこの政治屋どもは自国内で自分たちの都合が悪くなれば日本を悪く言って視線を逸らさせる。政治の失敗を日本が悪いからだとすり替える。他には自分たちにメリットがあると見れば日本を悪く言う。領土については最たるものである。つまり国として下劣と見えてしまう。
それらの国では子供の教育において、日本が悪いことをしたと教えるのだから救われない。何度も悪いと教えられて育った子供が友好関係をどうやって築くのか。
最近、香港では国に対して、洗脳教育を止めろというデモがあったらしいが、イギリス領土であったことからも、完全なる洗脳行為を受けていなければ、客観性で見ることが出来る人たちがいるということだ。このようなことは、少しでも救いはあるということである。
しかし、おかしなことが高じてどうなるかだが、例えば日本料理店を破壊する、車をひっくり返す、暴力をふるう、日本の国旗を焼くという行為を平気でやる。国旗とはどの国であっても軽んじるものではない。間違いなく自分たちがやられて不快なはずのものを、他国の国旗だと平気でやるのだから極めて人としてのレベルは悪い。日本の国旗を汚し、燃やすのはチャイナ、コリアお待意の行為である。
自分のものは自分のもの、人のものは自分のもの、自分はやってもいいが人はやっては駄目というのであれば関係が成り立たない。それを平気で行っている連中がいる。
国旗を焼くとは、国として下に見ようという意思表示にも受け取れる。大中華、小中華の本領発揮であろうか。それでまともな交渉が出来るはずがない。
あれは国家としての行為ではないというのであれば、自国民に恥ずべき行動は止めよと教育すればいい。国としてほ誇りがあれば、自国民の情けない姿こそ問題視せよである。なぜいつまでも続くのかと考えれば、結果として良しとしているのであり、統制しないからだという答えしかなくなる。
日本は侵略国家だ、悪いことをした、慰安婦問題だ、と悪い悪いと言い続けて自分たちの国がまともだと主張するのであれば、どれだけレベルが低いのだろうかとしか見えない。問題のすり替えに気が付かない、あるいは気が付かない振りをしているのは下等であろう。
日本においても、あの国々はウソ、担造のオンパレードの歴史観、簡土への違法行為なのだから、何が正しくて何が間違っているかを明確にして毅然としなければいけない。
いつまでも殴られているだけでは、つまり弱いということでしかない。それは好きなように弄ばれるということだ。反撃しなければいつまでも下に甘んじていなければいけない。それはこちらの側から対等ではないと証明していることでもある。
コリアのおかしな大統領が日本の領土である竹島に上陸したことを、「どうしちゃったんでしょう」と言っているような愚かな野田。だから駄目なのだ。
品性の無い行為を平気で繰り返す国が存在する。日本人は相手を悪く言って自分たちを高めよう、問題を誤魔化そうという行為を繰り返す国の本性を見極め、土下座を繰り返すどころか涙を流しながらお金を渡すような根性を捨てなければいけない。
今は、考え方を、国家のあり方を見直す絶好の機会であるはずなのだが。