8月シリーズに開催が決定したシングル総当たりリーグ戦は「グランドスラム」と銘打たれた。それを前に、新生FMWならではの闘いを提示したいという思いがハヤブサにはあった。相手としては、フロリダで夢を語り合ったグラジエーターに勝る者などいるはずもない。
敵対関係にはあるが、目指す方向性が同じなのは日々の闘いの中で感じ取っていた。またリーグ戦へ臨む前に、シングルプレイヤーとして自分の実力がどれほどあるのかも確認しておきたかった。
新生となってから迎えた3つ目のシリーズ。最終戦は八王子にある野外会場だった。7月下旬ながら、梅雨のように蒸し暑い夜…口元も覆われたマスクのハヤブサは、呼吸がしづらく動いているだけでスタミナを消耗したメキシコ修行時代を思い起こした。
「ガス欠になったらグラジについていけない…いやな蒸し暑さだな」
目の下にペイントを施しながら、ハヤブサは一抹の不安を覚えた。そうでなくても、このシリーズ中にヒジを負傷しており、肉体はケガのデパートと化していた。
パープルのコスチュームに身を包んだハヤブサがリング内へ飛び込むと、目の前に立つグラジがとてつもなく巨大に見えた。これまでも毎日のように闘ってきたのに、1対1のシチュエーションとなるとまるで感覚が違った。
思えば、グラジとシングルマッチで対戦するのはこれが初めてだった。デビュー2戦目のハンディキャップマッチで半殺しにされたのは、昨日のことのように憶えている。
ハヤブサとして戻ってくる前は一介の若手だったから、グラジは雲の上のような存在でしかなかった。そんな男と、ついに一騎打ちで対戦するのだ。
いくらヘビー級に転向したといっても、対格差は歴然としている。パワーでかなわないのであれば、ハヤブサはスピードと飛び技で対抗するしかない。
さすがはグラジ、どの技も真っ向から受け止めた上でやり返してくる。その一発一発は、ケタ違いの重さだった。
「俺はグラジとFMWの理想ばかり語り合っていたけど、自分自身がそれを受け切らなければ、不可能だっていうことまで考えたことがなかった。呑気だなあ、俺って…」
薄れゆく意識の中で、自分に苦笑した。頭の中で空想するのと、じっさいに痛みがともなう試合が同じであるはずなどない。それでも、破壊力あふれる大技をことごとくカウント2で返していく。
終盤、勝機が訪れる。ハヤブサは意を決しコーナー最上段へと登った。ファイアーバード・スプラッシュ、フェニックス・スプラッシュと並び決め技として使っているシューティングスター・プレス…SUPER J-CUPで獣神サンダー・ライガーに出して以来、レパートリーに加えられたものだ。
この技は空中でバク宙し、正面から着地して仰向けの相手をプレスする。ところがスタミナの消耗により目測を誤ったか、ハヤブサの上半身が回り切っていない状態で胸から落ちてしまった。
つまり、胸を反らせたままプレスした形に。当然、自分の体重もかかり上半身が圧迫された状態となる。逆に“く”の字となったハヤブサに、客席からは「危ない!」と悲鳴があがった。
胸だけでなく、背骨にも衝撃が走った。ハヤブサは感覚を失った体に「事故ったか!?」と思いながら虚空に視線をやった。
自分からは動けない。不測の事態だったらレフェリーが止めるはずだが、どうやら試合は続いている。ハヤブサはグラジにされるがまま上半身を起こし、コーナー最上段へ乗せられた。
そこから雪崩式に落とされ、アッサムボムで叩きつけられた。返せる余力などなかった。
セコンド陣が駆け寄ると、紫のマスクの口元が赤く染まっていた。誰もが、先ほどのシューティングスター・プレスで胸を圧迫し、血を吐いたと思いすぐさま救急車が呼ばれた。
じっさいは最後の雪崩式アッサムボムのさい、受け身をとるべくアゴを引いたところその状態で衝撃を受けたためノドの中を切ったことによるものだった。試合後に立ってみたら歩けたので、ハヤブサは締めのマイクも務めてから自分の足でバックステージへ戻っていった。
「大丈夫だから。救急車呼ばなくてよかったのに」
「大丈夫なわけないじゃないですか! 血を吐いてるんですよ? いいから素直に救急車へ乗って病院で診てもらってください」
伊藤豪レフェリーと中川によって強引に乗せられ、近くの病院へ向かったところやはり背骨の一部が欠けていた。「入院の必要はありませんが、しばらくは安静にしてください」と言われ、その日は解放された。
「あーあ…またやっちゃった。でも、グラジと闘うってこういうことなんだよな。次のシリーズはほとんどがシングルマッチだしなあ…いつまで続けられることやら」
自分の体なのに、ハヤブサはあまりの状況に呆れるしかなかった。自宅へ着いた頃、伊藤から電話があった。
「グラジはなんて言ってた?」
「最後の技…雪崩式アッサムボムを“カミカゼ・アッサムボム”と名づけると言っていました。あの技は、不安定なコーナー上から出す技だから自分もケガをする恐れがある。俺は、それほどの覚悟を決めてあの技を出した。なぜなら、相手がハヤブサだからだ。エザキに対しては、たとえ対格差があっても俺は100%でいきたい、と」
「……そうか。わかっているよな、あいつは」
「それにしても江崎さん、背骨が欠けているって…次のシリーズ、出られるんですか?」
伊藤の口調からは「大変なのはわかっていますけど、重要なシングルリーグ戦にハヤブサが出ないとなったら、会社としてどうすればいいのか…」という不安が混在していた。それぐらい、言われなくともわかっている。
「豪ちゃん、休むわけないじゃん。今の俺が、休めるはずないだろ。這ってでも出るから、荒井社長にそう伝えておいてよ」
新生FMWが勝負を懸けるグランドスラムを前にして、すでにハヤブサは満身創痍だった。気がつけば、ポスターに入っていた“超新星”のフレーズは“不死鳥”へと変わっていた。