「国束山(くつかさん)」登頂記録 | 槍が岳&kccの日本100名山登山日記

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10月16日(土)Kccの例会登山が事務局担当者の急な出勤により取りやめになった。取りやめの電話が入った時には家内が朝食・昼食の弁当を用意してくれていたので、これを持って爺は急遽、玉城町と度会町の町境にある里山の「国束山」へ単独でトレーニングに行ってきました。


1 トレーニングコース:
10:10玉城町弘法石登山口(駐車場)10:27→10:29国束山(メインコース)登山口→10:59稜線分岐→11:18国束山(小休止)→11:53直進して国束山に戻る→12:00国束山寺院跡12:42→→13:14国束山(メインコース)登山口→13:16駐車場
登山時間2:49(登り0:51/ルート間違いロス時間0:35/昼食休憩0:42/下り0:41)

2 コメント:
①玉城町弘法石登山口(駐車場)
16日(土)9時30分自宅を出発、玉城町弘法石登山口(駐車場)に10:10着。間もなく1台の車が到着。登山靴に履き替えながら、周囲を見回して登山口を探す。右の坂道を登っていくことにした。10:27出発。かなり遅い出発となる

夏山アルプスでテント縦走の場合、2:00起床、3:30分出発。秋山アルプスでテント縦走の場合は5:00出発

②このトレーニング登山の目標・位置付け
今回のトレーニングは11月上旬にあるKCC例会秋山登山事前訓練と12月から始まるスキー講習会の体力づくりに位置付け、来年マッターホルン登頂を目標にトレーニングをバージョンアップする一環

③国束山山頂
国束山山頂は奥の院があった処、自然林の中にあり、視界は効かない。山頂を示す小さな標識が立っていた
④どんどん下るも寺院跡は見つからない、来た登山道を少し戻り直進
国束山を直進したが一向に寺院跡が見えてこないので、本(三重の百山)を取り出し、もう一度地図を確認すると山頂から「鳴子山」の道標のところまで戻り右手に下っていくと寺院跡があると記されている。広場が見えてきた

⑤広々とした寺院跡で昼食休憩・登頂記録
広々とした杉木立が見えてきた。これはかなり大規模の寺院跡で、往時がしのばれる。この一角はよく手入れされた杉林の広場になっており、テーブル・椅子も置かれていたので、ここで昼食休憩を摂りながら、ボックスの中にあった登山ノートに爺の登頂記録を書き残してきた

⑥弘法石を祀る建物
弘法石は長さ2,5m 幅約2m 厚さ約1,5m 重さ約2,5トンの巨石。この表面中央に梵字と「南無・・・」右隅には「貞享五年戊辰三年(江戸時代中期)中央下部に「○海敬白」等の文字が薄っすらと刻まれている。この弘法石を祀る建物は平成五年8月、玉城町原区の有志により建てられたとのこと

⑦登山道沿いには水場はない
国束山(メインコース)登山口傍にある「樋岩」から水が流れているが、表流水で飲用には向かないし、水量も細い
秋山でも低山の場合、気温が上昇し水分補給を忘れると熱中症になる危険性はある。出発前に水の確保をしておこう。この日爺は1リッターのボトルにお茶、500ミリリットルのペットボトルに水を持って行った

3 写 真:
槍が岳&kccの日本100名山登山日記1/-10:10-/弘法石駐車場
槍が岳&kccの日本100名山登山日記2/-10:27-/国束山(標高413,8m)
旧国束山寺参道の道標に従って簡易舗装された参道を登る 
槍が岳&kccの日本100名山登山日記3/-10:27-/旧国束山参道の案内版
槍が岳&kccの日本100名山登山日記4/-10:29-/樋岩から流れ落ちる水 水量は細い、表流水で飲用には使えないだろう
槍が岳&kccの日本100名山登山日記5/-10:29-/ここが国束山への登山口(メインコース)、これを登らずに谷コースを直進
槍が岳&kccの日本100名山登山日記6/-10:37-/しばらく登ると右手の谷川に小滝が架かる
槍が岳&kccの日本100名山登山日記7/-10:59-/テープの目印を頼りに植林された登山道を詰めていくと稜線に出た
槍が岳&kccの日本100名山登山日記8/-11:00-/右鳴子山 左国束山の道標に従って登る
槍が岳&kccの日本100名山登山日記9/-11:00-/稜線を縦走していくと女鬼峠に行けることは9月に「女鬼峠越え往復」した時に道標があったので、分かっていたが、こちらにも道標があり、一度挑戦してみようと思う
槍が岳&kccの日本100名山登山日記10/-11:13-/この道標が国束山、鳴子山分岐点。左手に行くと国束山山頂
槍が岳&kccの日本100名山登山日記11/-11:14-/国束山山頂に置かれた自然石

槍が岳&kccの日本100名山登山日記12/-11:15-/国束山寺奥の院跡

槍が岳&kccの日本100名山登山日記13/-11:19-/国束山登頂
槍が岳&kccの日本100名山登山日記14/-11:22-/国束山山頂を直進すると地蔵さんが等間隔で設置されていた。国束山寺跡にたどり着くと思い直進したが、地蔵さんを5つ程越え、どんどん下っても平地らしき広場が見当たらないので、引き返す
槍が岳&kccの日本100名山登山日記15/-11:53-/往復30分のロスで国束山山頂に戻る
槍が岳&kccの日本100名山登山日記16/-12:00-/国束山寺跡に出た
槍が岳&kccの日本100名山登山日記17/-12:01-/常夜灯、杉の大木

槍が岳&kccの日本100名山登山日記18/-12:02-/これだけの広場に建てられたお寺がしのばれる
槍が岳&kccの日本100名山登山日記19/-12:06-/登山記念に書き留めるノート

槍が岳&kccの日本100名山登山日記20/-12:42-/椅子にテーブルが置かれていたので、ここで昼食を摂りながら、登頂記念に「今後の登山の安全を願い」ノートに記入

槍が岳&kccの日本100名山登山日記21/-12:50-/下山途中少し開けたところから宮川方面を望む
槍が岳&kccの日本100名山登山日記22/-12:52-/右 おきん茶屋、鳴子山,水神山/左 的山、岩坂峠の道標
槍が岳&kccの日本100名山登山日記23/-13:14-/国束山登山道入り口に戻ってきた
槍が岳&kccの日本100名山登山日記24/-13:15-/弘法石駐車場が見えてきた

槍が岳&kccの日本100名山登山日記25/-13:35-弘法石正面
槍が岳&kccの日本100名山登山日記26/-13:35-/弘法石左側面

槍が岳&kccの日本100名山登山日記27/-13:36-/弘法石右側面
槍が岳&kccの日本100名山登山日記28/-13:36-/建物の中に祀られた弘法石
槍が岳&kccの日本100名山登山日記29/-13:37-/弘法石謂われ記された案内場板
その内容
弘法石はその昔、国束山寺参道に沿って流れる百瀬川の西岸(この位置から約50m上流)にあり、地元の古老の話によれば「今から約200年程前、原区の村民たちが東岸に移そうと試みたが、綱が切れ川底に落としてしまったらしい」との言い伝えがありました。ところが、平成4年3月災害復旧工事(平成3年19号台風)の途中、土砂に埋まった弘法石発見し、同区では川から引き揚げ、安置供養し、さらに、天蓋も平成5年8月有志の方々により取り付けられたものです。長さ2,5m 幅約2m 厚さ約1,5m 重さ約2,5トンのこの巨石の表面中央に梵字と「南無・・・」右隅には「貞五年戊辰三年(江戸時代中期)中央下部に「○海敬白」等の文字が薄っすらと刻まれているのが分かります。弘法石と云われる由縁は、その昔弘法大師(空海)が国束山に参詣、弁財天堂(御本尊弁財天)を勧進したとの由緒寺記があり,後世の村人が高層弘法大師を崇め、そのシンボルとしてこの巨石に梵字と「空海敬白」を刻してこれを国束山の麓に建立したのではないかと云い伝えられています。又、この巨石の出現と同時に同区内(現在地より約1,5Km下る)で温泉の湧出も見たため、縁起をかつぎ玉城弘法石温泉と名付けました       平成5年 玉城町