エピローグ
足尾と言えば
「かつて日本一の銅山として江戸時代から繁栄し、
明治時代にはさらに産出量を増やして富国強兵を支えてきて、
でもそれと同時に足尾銅山鉱毒事件と言われる環境汚染が深刻になり、
それを顧みない政府に対抗して田中正造が命懸けでこの問題を訴えてきた。」
それくらいの知識は持ち合わせていたつもりでした。
それに周辺の荒涼とした斜面は尋常ではなく、
工場の廃炉や廃墟、殺風景な集落を横目で見れば
問題はまだ継続しているという事を感じずにはいられないだろう。
行きの道中でとある看板が目につき、ざっと読んでみた。
かつてここに松木村というのがあり、
足尾の中心地としてにぎわっていたらしい。
松木村の存在は全く知らなかった。
でも正直、アイスクライミングのために来た我々はそれどころではなかった。
どんな氷瀑があるのか分からない我々は先を急がなければならなかったのだ。
それで話は戻りましょう。
予定時間をオーバーして下山にかかった。
川を渡渉し、林道をひたすら歩く。
夕方5時を過ぎ、だんだんと暗くなってきた。日没はもうすぐ。
来た道だからとみんなバラバラで歩いていたが、
少し離れたので先頭にいた私はザックを下ろしてみんなを待った。
しかしそこは風当たりが強く、後ろから来た皆さんは結局休まずに先に行ってしまった。
一人っきりになり、さらに古傷が痛みだしてきた私はペースが落ち、
みんなの姿は全く見られなくなってしまった。
その時である。
下を見て歩いていた私はなにかの違和感を感じて前方を見た。
すると100mほど先に5人くらいの人影があるのである。
最初みんなが待っているのかと思った。
しかしそんな訳はないという事に気づいた。
何だあれは!石塔か?
庚申塔かあるいは墓石なのか、
暗くて分からなかった。
しかしそこに幾人ものひと気の存在を感じたのである。
「うわー、いっ、いるー!」
驚いた。
「そ、そういう事か」
そして同時に怖さを感じた。
自分は一人で山を歩いていると亡くなった方の精霊を感じることがあるが、怖さは感じない。
それはおそらく山には何かしらの危険性があるのを知っていて
敢えて山に来たのだからという自分なりの解釈があるからである。
でも今回は違う。
全く罪のない住民たちが被害を受けて不本意に亡くなったのだから。
悔しくてたまらないはずである。
私はかける言葉が何も思いつかなかった。
でも少し落ち着いてから振り返り、感謝の意を表して頭を下げた。
くたくたになりながら真っ暗な駐車場に到着した。
みんなに「遅くなってごめん」と声を掛けたら、
「あれ、二人を追い越したの?」との返事。
えっ、まだ来ていない?そんな訳はない!
道を間違えた? いや、ありえない!
慌てて彼らに電話すると、何とか一人とつながり、
どうもここを通り過ぎてそのまま県道を下がって行っているとのことだった。
そんなことがあるのか⁈
通り過ぎないでしょう?!
狐に騙されたのか、
はたまた精霊たちの悪戯か??
ともあれこの後、無事二人と合流することができた。
帰ってから調べてみたら松木村はまさに鉱毒事件の中心地であり、
この汚染で千人以上の方が亡くなっているという事を知った。
そしてあの石塔は墓石でした。
それでも私はまた松木沢に行こうと思う。
無くなられた方も移住させられた方も
ここに人が来ることを喜んでくれていると思うからである。
歴史を認識して何かしら考えてくれれば、少しは救いになるはずである。
それにしても、最後まで話題が豊富過ぎる足尾遠征でした。
おしまい。
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