祈りというのは「祈ろう」としてするものではない……と、あるブログにあった
祈りはわたしのなかからわきあがってくるある情動で、そこから逃れることができないもの
祈ろう……として祈れるものではなく、それは、もうその行為にとらえられ、
祈りに連れ去られてしまうような、そのような「体験」そのもので、
その「体験」のなかにあって初めて人は祈りを知る
だからとても日常的なもの
祈りとはなにか……なんて、教えることはできない
言葉を超えており、意識を超えており、内発的な衝動によって、意識が逆に掴まってしまうような体験、
それが、祈り・・・・
魚の悲しみ、鳥の悲しみ、動物の傷み、そして、周りの人たちの苦しみ。
苦しみをわがこととして感じられるときに、人は祈りを体験するのかもしれない。
祈りを、いったいこの人生で何度体験できるのだろうか……ね。

外は冷たい雨が降ってる
救急車のサイレンの音がフェードアウトしながらどこかへ消えてく
外は冷たいけどクリスマスの準備をはじめてくうちに温かくなってきた (*´∀`*)
クリスマス色に我が家を飾る、これもまた祈りの1つ
今年もまたコンランショップのアイテムたちで
シックにデコレーションしようっと。。。。:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
もうすぐ八重山周遊の旅(*´∀`*) もうすぐだというのに全然ピンとこない
構えずに素肌で自然を感じたいっていう願望かも。。。。。