走った。
なぜかはわからない。
僅か数メートルの距離を駆け抜けた。
勢いそのままに舞台へと駆け上がった。
そこには胸のざわつきが当たりだと云わんばかりの光景が広がっていた。

「シンディー…」

思わず口から零れたその名前の女は背を向けていた。
後ろ姿だけでもわかる、懐かしいその姿は忘れるはずもない。

「意外ね、ずっとわたしの前で踊っていた人が後ろ姿だけで分かるなんて」

浦野が皮肉を込めて振り返る。

「今日はあなたがお目当てだったの、捜したのよ?」

浦野が高橋へと歩み寄る。

「たかみな…逃げて…」

小嶋の声が聞こえた。
浦野の足元に彼女は倒れている。

「にゃんにゃん?!」

緊急事態なのはわかっていた。
それでも現実として受け入れていないものもあった。
何かのドッキリなのかもしれない。
サプライズ?企画?そのどれとも違う。
小嶋の声で目が覚めた。
否、叩きつけられた。
恐怖という現実を。

「矢はあなたが持ってるの?」

浦野が不気味な笑みを浮かべ近づいてくる。
逃げなければ、逃げなければいけない。
それでも足がすくんで動けなかった。
頭ではわかっていても体が言うことを聞かない。

「さあ着いてきてもらうよ」

高橋の目の前に手を翳す。
終わりだ、そう思った瞬間だった。

「おりゃぁっ!」

後ろから高城が体当たりした。
不意を突かれた浦野は体勢を崩す。

「たかみなさん、いまのうち…」

高橋に手を差し出し立ち上がらせようとする。
しかし高橋の視線は高城の後ろへと向けられていた。

「消えろ」

浦野のおぞましいほど低い声と頬を撫でる感触がした瞬間。
高城の体が吹き飛ばされる。
決して小柄とは云えない彼女が意図も容易く投げ飛ばされた。
観客席へと一直線に、背もたれにぶつかりながら二転三転した。

「あら、強すぎた?」

浦野は動かなくなった高城に向け不敵に笑みを飛ばした。

痛い…痛いなんてもんじゃない
テニスでサーブが顔面に直撃したあの時よりも痛い
何倍も何十倍も比較できないくらい…

「それじゃあさっさと任務終わらせて帰ろうかな」

あぁ…苦しい…
喉の奥から血の味がする
しかも脇腹が痛い
折れちゃってるのかな…

「あんたを連れていくことが任務なんだ、他の皆には危害は加えていない安心して」

だめだ…動けない
手も足も…
もう動けない…
もういっか

『………え……………戦え』

まただよ
変な声がまた聞こえてきた
もういいよ
もうしんどいよ

『………守れ………大切なものは……』

大切なもの…
たかみなさんが苦しい顔してる
あんなたかみなさん見たくない
わたしが…わたしが…





『ほい、お疲れさま』

『あ、わたしがいつも飲んでるやつ』

『がんばってるね、あきちゃ』

『いえいえ、まだまだですよ』

『それでいい…それでいいよ、少しずつ少しずつ進めばいいよ』

『少しずつ…ですか?』

『うん、大切なものが守れるように少しずつ』





再び高橋へ浦野の手が伸びる。
もうだめだ。
どうなるんだろ。
わけわかんない。
様々な感情が入り乱れる。
それでも運命に逆らうことはできない。
高橋はそっと目を閉じた。


ボゴォッ!!!



破裂音が鳴り響く。
決して聞いたことのない擬音。
だがそれは確かに耳元でしっかりと聞き取った。

「こんのぉッ!貴様ぁーッ!!!」

次に浦野の怒声が聞こえてわたしは目を開いた。
そこには左手の半分が吹き飛び怒りを露にする浦野と立ち上がった高城の姿がそこにはあった。






.