「うぅー…」

「どうしたのあきちゃ?」

倉持が心配そうに高城に近づく。
高城は自主練時間中ずっと控え室で休んでいた。

「頭が痛いの」

「風邪じゃない?もしかしてインフルエンザかもしれないよ?」

「熱はないんだけどね」

高城はここ最近頭痛に悩まされていた。
否、その吉兆はずっと前からあったのかもしれない。
そうそれはバーチャル空間を体験したあの時から。

「どうするの?今日の公演?」

「いけるよ、折角久しぶりの公演なんだし全員集合で出たいもん」

「そっか、じゃあ一応たかみなさんには伝えておくね」

そう言うと倉持は控え室を出ていった。
彼女の姿が見えなくなると高城は頭を押さえた。

まただ…また聴こえてくる

頭痛と云うのは本当だった。
ここ数日耳鳴りに近い雑音が頭の中を駆け巡る。
しかしそれ以上に奇怪なことがあった。

『………ろ…………つけろ』

まるで脳に直接語りかけてくるような声。
それは確かに声だった。
誰でどうしてかはわからない。
だがその声は途切れ途切れで言葉として成り立ってはいないが何かを伝えようとしているのはわかる。
そして最近に至ってはさらに大きくなっていた。

「一体何なんだろ…これ…」

得体の知れない不安と妙に高鳴る鼓動にボソリと呟いた。











「1、2、3、4…」

舞台では年長者が指揮をとり研究生たちリリーフ陣に振り付けの指導をしていた。
年長者とは云え前田と篠田はおらず高橋も別室にいることにより実質小嶋一人だった。
今までの彼女とは思えないほどリーダーシップを発揮していた。

「うん、ここはこうで次の立ち位置に…」

身振り手振りを交えて教え込む。
するとそこに倉持が帰ってきた。

「こじはるさん、たかみなさん知りません?」

その言葉を聞くと小嶋の表情が曇った。

「わたしが伝えとくよ、何?」

「あきちゃがちょっと頭が痛いって、公演には出るらしいんですけど今は控え室の方にいます」

「うんわかった、ありがとう」

小嶋は頷くと舞台から出た。
長い廊下を真っ直ぐ奥まで行った突き当たり。
誰からも見つけられないような物陰に備えられた扉。
それは正しく前田の死んだその場所。
小嶋は中へと入った。

「たかみな…」

薄暗く灯りの点いていない部屋の隅に高橋がいた。
暗闇に映るその眼はじっとどこかを見つめている。

「あきちゃが体調悪いんだって、公演には出るそうだからよろしくね」

高橋から返事はない。
小嶋はそっと舞台のほうへと戻った。

高橋はほぼ毎日あの部屋にいる。
何をするわけではなくただじっとああしているだけ。
みんなの前では元気ないつも通りを装っているがその心の傷は大きく、未だに癒えてはいない。
だからこそ小嶋は決意していた。
高橋が再び戻ってくるまでAKBをチームを支えなければいけないと。

「よしっ」

元々小嶋はそんな柄ではない。
気合いを入れ無理矢理気持ちにスイッチを入れる。
もう少ししたら全体で合わせよう。
そんなことを考えながら舞台へと戻った時だった。
驚愕の光景が飛び込んでくる。
メンバーが皆倒れている。
状況の飲み込めない小嶋に微かに声が聞こえた。

「小嶋さん…逃げて…」

床に這うように伏している倉持が途切れそうな声を必死に発する。
しかし目の前に手を翳されその場に倒れる。

「安心して、意識を失ってるだけだから」

手を翳した人物が小嶋に向かって言った。
小嶋が睨み付ける。
しかしその瞳には動揺と困惑があった。

「…………シンディー……」












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