「ほんまありがとうな」

列車に乗り込んだ増田が言った。
両手に持たれたボストンバックは今にも破れてしまいそうなほど膨らんでいた。

「向こうでもがんばって」

駅のホーム、黄色の点字ブロックの内側から梅田が言った。
そこには旧Kの面々の顔ぶれが並んでいた。

『三番乗り場の列車が発車します、扉付近のお客様はご注意ください』

アナウンスが流れ空気の吹き出る音が鳴る。
それと共に扉の閉まるベルの音が響く。

「どこに行っても一緒だから」

「ありがとう…またどっかで会おな」

前田の計画に加担した増田。
その計画が失敗に終わった今となっては彼女はただの裏切り者。
篠田の卒業コンサートをもって増田はNMBへの移籍となっていた。
実質、移籍という名の左遷ではあるのだが。

増田はそれでも承諾した。
たとえ難波の地に立たされようと、そこでチャンスを与えられなくとも構わない。
歌うことができるのならそれでいい。
『増田有華』というアイドルがいるというだけでいい。

「変わったなぁ…」

閉まった扉のガラスに映った自分の姿に呟いた。
前までならば即答で辞めていただろう。
生まれ故郷の大阪とはいえ下部組織に飛ばされるなど恥である。
それならば歌手になる夢を求めてアイドルの道など手放す。
それなのに変わってしまった。
前田敦子という一人のアイドルによって。

「あっちゃん、見とってや」

もう彼女はいない。
それでも努力の姿は見せられる。

動き出した列車。
遠退いていく仲間たちの姿。
寂しくても悲しくはなかった。











「行っちゃったね…」

河西が寂しそうに呟いた。
AKBというアイドルグループにいれば卒業というものは付き物だ。
いつまでも一緒にいれるはずもなく各々の道へ旅立って行く。
それでもまた一人また一人と苦難を過ごした仲間が消えていく。
何も思わないはずもなかった。

「優子も…いなくなった」

秋元才加が遠くを見るように言う。
彼女たちは知らない。
とある一室で起こった惨劇と大島の決断も。
そしてもうこの世にはいないということも。

「うじうじしたって仕方ないだろ!」

宮澤が無理矢理元気づけようとする。
それが作り笑顔だということはその場にいる全員が理解していたし、宮澤本人が一番気にしていることもわかっていた。

「帰るか」

誰が言ったのかわからない。
ただ自然と歩き出していた。
止まってはいられないから。
いなくなった者と残された者。
残された者は待つしかない。
帰ってくるその時を、また出会えるその時を。
それぞれの想いを胸に抱きエスカレーターに乗った彼女たちの背中は消えていった。












【~AKBの奇妙な冒険~】










「あれ…?」

窓を眺めていた少女が一人言を呟く。
すれ違った電車の窓ガラスの向こう側。

「今のは確か…」

首筋を隠すほどの長さのボブショートヘア。
ハッキリとした目鼻立ちにシャープな顎ライン。
何より純粋無垢な瞳が美しい。

「どないしたん?」

「いや…何でもないです」

視線を車内に戻すと手に持ったトランプを出した。

「あ…上がりです」

その声と同時にアナウンスが流れた。

『まもなく東京、東京です』

「よっしゃ、うちの勝ちですね」

「いやー恵理子強すぎやでー」

笑い声と一緒に荷物をまとめる。
上着を着直しマフラーを締める。
髪で隠れたうなじが顔を見せる。
そこには星形の痣があった。





【第四章・西から陽は昇る】