麻雀の死神に憑かれたようにノイローゼに陥る指原。
彼女の元へ現れたのは小森と大家だった。

「まだやりたいんですか?莉乃ちゃん?」

「何回負けりゃ気が済むと?」

二人は鼻で笑うと彼女を見下ろした。
その瞳は明らかに蔑み、人を見る目ではなかった。

「ちょっと!二人共言い過ぎでしょ!」

北原が堪えきれず間に入る。

「里英、あんたは黙っとき」

大家が静かに制す。
その声はあまりにも低く背筋が凍る恐怖を感じた。

「あの人がおらんくなったんもあんたのせいばい
敗けの苦しみから耐えかねて牌も握れんくなったあんたに麻雀の説教する資格はなかと」

大家の言っていることは正しかった。
あの日から麻雀はしないと心に決めた。
否、敗けることが怖くかった。
また大切なものを失うことが。

「運も技術もないボンクラと牌も握れぬ廃人、地方組も廃れたばい」

「…うな」

突然だった。
先ほどまで一人言を呟いていた指原の声が強まる。

「里英の悪口を言うな!」

許せなかった。
どれだけ自分のことを罵られようともそれだけは許せなかった。
仲間が、親友が馬鹿にされることだけは。

「ふんっ!ボンクラ指原が何をほざいとると」

「強気な態度取るのは麻雀に勝ってからにしてくださいよ~」

大家と小森が席に着く。
しかし一瞬迫力を取り戻した指原はもうすでに意気消沈となっていた。
途端に指先が震えだす。

「さっしー…」

「大丈夫…里英ちゃんは…気にしないで…」

「ッ!!」

「指原がなんとかするから」

この時、北原は気づいた。
どうしてこんな状況になってでも続けようとするのか。
どうしてボロボロになってでも牌を握るのか。

「もう一席空いとるけどそちらさんは打てんかったばい」

大家が微笑を浮かべる。
空気を察し戸賀崎が席に着こうとする。

「待ってください」





『里英のせいじゃないよ』

『違う…わたしのせいなの…』

それは運命の一局に敗北したある日。
心がどこかに飛んでいった亡骸のようなわたしに指原は優しく声を掛けた。

『里英ちゃんは強いよ』

どんな言葉を掛けようとわたしの心には届かないとわかっていただろう。
それでもひたすらわたしを励ましてくれた。

『里英は一人じゃないから』

『…………………』

『辛いときも楽しいときもどんな時も一緒にいるから』

何も感じない。
何も思わない。
それなのに涙が零れた。

『里英が苦しい時は指原が代わりになるから』





そうだった。
思い返せばいつも隣にいてくれた。
あの日から、ずっと前から。

なぜこんなにも必死に麻雀を打ち続けるのか。
負けても負けても、ノイローゼになってでも打とうとするのか。

全てわたしのためだった。

わたしのいない間、ずっとその場所にいてくれた。
わたしが帰る場所がわからなくならないように。
いつかわからないその時のために。



「ありがとう、さっしー」

どれだけ犠牲を払ったのだろう。
どれだけ苦しかっただろう。
あなたのおかげでまたここに立てる。

「戸賀崎さん、代わってください」

「北原…」

「里英ちゃん…?」

北原は指原の隣に座った。
懐かしいこの感覚。
麻雀という独特の世界。

「おかえり、里英ちゃん」

「ただいま」

長い迷路の出口がようやく見つかった。











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